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無明のささやき
第五章
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「来るなら来るで、連絡してくれれば良かったのに。何のおもてなしも出来ないわ。取り合えずお茶を召上がって。」
佐々木の妻が恐縮しながら言った。
「有難うございます。本当に気になさらないで下さい。すぐにお暇しますから。」
「そんなわけにはいかないわ。私達が初めて仲人した記念すべき夫婦なんですもの。」
「その夫婦がお二人におすがりに参りました。頼れるのは飯島さんしかいません。飯島さん、どうか、あの人に仕事を世話して下さい。お願いします。」
「ええ、分かっています。次ぎの会社を探しているところです。」
飯島はそう言いながら、暗澹たる思いに捕らわれた。
 飯島のこれまでの営業先は企業の総務関係で、大企業から中小まで二百社は下らない。そのツテを頼りに就職を斡旋しているのである。佐々木の妻はすがるような視線を飯島に向けて、話を切り出した。
「私、可哀想で見ていられないんです。あの人、この間、布団を被って泣いたんです。朝方、悲鳴のような声を聞いて、目覚めてしまって。隣を見たら、布団のなかから泣き声が漏れていたんです。そしてその布団がふるふる震えていました。」
と言うと、ハンカチを目に当てて、涙を拭った。
 実を言えば、飯島もつい最近泣いたのだ。そんなことおくびにも出さず、深刻顔で深く頷いた。そして重い口を開いた。
「涙を流したのは彼だけではありません。聞くと、センターの人間は皆同じ経験をしています。でも、悲観的に考えないで下さい。いつか今を笑える時がきます。」
「そうですと良いのですけど。あの人は本当に弱い人なんです。今の状態に耐えられるかどうか。それだけが心配で。」
「兎に角、近いうちにそれなりの企業を紹介しますから、奥さん、私に任せてください。」
佐々木の妻は深深と頭を垂れた。
 飯島は自分の就職についても、当然のことながら視野に入れていた。この会社での未来は既に絶望的である。それは分かっていた。だからこそ或る会社に一縷の望みを賭けていた。それがあったからこそ、今の状況にも辛うじて耐えられたのだ。
 その会社は中堅だが業界随一の成長株で、飯島が東京支店長として実績を上げ始めた時期、ヘッドハンティング会社を通じて接触してきた。飯島は申し出を無視して来たのだが、再三にわたるアプローチとセンターへの左遷という急変が飯島の心を動かした。
 センターへの異動以来、飯島に対するアプローチは激しさを増したが、飯島は部下達の就職斡旋を最優先していたため結論を先延ばしにしてきた。しかし、事態は徐々に変わっていった。
 先方からの連絡が途絶え、飯島は焦燥にかられヘッドハンティング会社の担当者に電話を入れた。受話器から漏れる重苦しい空気が、現実の残酷さを予感させた。飯島が静かに聞いた。
「何故なんです。つい一月前まで、貴方は私を必要としていた。なのに、
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