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無明のささやき
第四章
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ではない。女房を傷付けたくなかっただけだ。そして今、救いようのない孤独から逃れたい。誰でもいい。自分を分かってくれる人に会って話したいのだ。章子なら自分を分かってくれる。
 そう自分に言い聞かせるしかなかった。深呼吸をし、意を決っしてその番号を押した。呼び出し音が響くたびに、胸が締め付けられた。章子の実家は練馬にあり、昔酔った勢いで何度か泊めてもらったことがある。いつも南と一緒だった。受話器の向こうから声が響いた。
「もしもし、手塚です。どなたさまですか。もしもし、もしもし。」
飯島は懐かしい声を耳にし、思わず心が和んだ。
「もしもし、飯島です。ご無沙汰しております。お元気ですか。」
一瞬の沈黙の後、ため息が漏れた。そして章子の母が答えた。
「懐かしいわね、飯島さん。最後に会ってから何年になるかしら。私ももうおばあちゃんになってしまったわ。月日の経つのは本当にあっと言う間ね。」
「本当です。僕もすっかり老け込んでしまいました。」
「まあ、どうかしら、いつ頃だったかしら、章子に会社のパンフレットを見せてもらったけど、あれ飯島さん載ってたでしょう。昔とちっとも変わらなくっていい男だと思ったわ。」
「よく言いますよ。ところで、」
と言って言葉が詰まった。受話器の向こうで再び深いため息が聞こえたからだ。章子に会わせたくないという雰囲気が感じられた。
「いや、何ていうか、ちょっと声が聞きたいとおもいまして。」
と言うと同時に脇から冷や汗が滲んだ。
「章子はここにはおりませんの。」
「そうなんですか。先日たまたま佐久間さんと会って、離婚のことを聞いたものですから。ちょっと心配で。」
一瞬間をあけて、章子の母が、ぽつりと言った。
「まあ、親なんて、生きている限り、子供の心配から開放されることはないってことね。まったく厭になってしまうわ。」
 どうでもよい会話がだらだらと続いたが、どうやら章子の新しい連絡先は教えたくないらしい。途絶えがちな会話は飯島の気持ちを萎えさせた。気まずく長い沈黙の後、飯島は章子に宜しくという伝言を残し電話を切った。
 滲み出た額の汗をハンカチで拭い、ふとドアの方に視線を向けると、丸みをおびた顔が覗いている。佐藤電算室長がにやにやしながら入ってきた。佐藤は本社産廃プロジェクトチームのプログラム開発のリーダーだったが、箕輪の異動と同時にここに移ってきた。
 佐藤に言わせれば南と箕輪が争った会議で、箕輪を支持する発言をしたことが異動の原因と言うのだが、箕輪は飯島からその話を聞くと鼻先で笑った。その真相を聞きだそうとしたが、箕輪はいろいろあったと言うだけで言葉を濁した。
 佐藤は、この資材配送センターに来ても、そのコンピュータの才能を発揮し在庫管理システムや配送管理システムなどを開発し、ここではいなくてはならない存
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