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イーゴリ公
プロローグその一
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プロローグその一

               プロローグ  全てのはじまり
 ロシアという国はかつては東からの遊牧民に悩まされてきた。タタールのクビキと言われるモンゴル帝国の支配があまりにも有名であるがそれだけではない。それ以前から多くの遊牧民と戦ってきたのだ。
 それはロシアの南にあるウクライナでも同じであった。つまり東にいるスラブ人達は常に遊牧民に脅えてきたのである。今このプティーヴルにおいて出陣の準備が整えられていた。
 高い黒い石の城壁がありその前に民衆が集まっている。そうして鉄の槍と鉄の鎖帷子で武装した兵士達を見送っていた。
「美しく太陽に栄光あれ!」
 彼等は叫ぶ。
「イーゴリ公に光あれ!栄光あれ!」
 こうも叫ぶ。自分達の主を褒め称えていた。
「彼の一族に栄光を!」
「若きウラジミール様に勝利を!」
 そのイーゴリ公の息子である。金色の髪に黒い瞳を持つ凛々しい若者だ。その武芸と聡明さで今から民衆の期待を集めている若者である。
「今度の勝利は素晴らしいものになるぞ」
「そうなの」
 長く黒々とした髭を生やした中年の兵士が民衆の中にいる自分の妻に言うのだった。
「ドン川からボルガ川まで」
 どちらもロシアを象徴する川である。ドンが父でボルガが母と言われている。
「我々のものとなる」
「コンチャークの奴等がいなくなるのね」
「そうだ」
 彼は胸を張って妻に告げる。それから太った彼女の身体を抱いた。
「わし等を脅かす奴等が。いなくなるのだ」
「それだけじゃないぞ」
 別の兵士が言う。彼の髭は赤い。見れば農民も兵士も皆長く濃い髭を生やしている。それが如何にもロシアらしかった。この時代はまだウクライナという概念は少なかった。ルーシー、即ちロシアとしてウラルから西に広がっていたのだ。キエフ公国が有名である。
「ドナウまで我等の勝利が伝わり」
 彼等から見て遥か西にある河だ。
「公爵様達の栄誉を美しい娘達が讃えるのだ」
「私達が」
「そうだ」
 素朴だが淡い赤と白の可愛らしい服を着た黄金色の髪の娘達に対して言われた。
「キエフの街にも声は伝わり」
「公爵様達を讃えるのだ」
「その公爵様は?」
「何処なんだ?」
 農民達は今度はそれを尋ねた。
「お姿が見えないが」
「まだ支度をしておられるのか」
「愛するルーシーの者達よ」
 ここで低いが立派な男の声が城門から聞こえてきた。そうして黒い髪に同じ色の長い髭をたくわえた逞しいがそれでいてその目と笑みに知性をたたえた壮年の男が現われた。みらびやかな金の鎧を着て兜は銀色であった。その上に羽織っているマントも実に立派なものであった。彼は今褐色の馬に乗っていた。鞍もまた金と銀で立派なものであった。腰には巨大な金色の鞘と銀の柄がある。
「私
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