マザーズ・ロザリオ編
過去編
過去編―西暦2020 年春夏―
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居候していた伯父の家には出ていく旨の書き置きを残し、自分の身の回りの物だけを持ったただけで特に持っていく物はない。
ただ1つ、彼女達との思い出の写真だけを丁寧に包み、少し迷った末にボストンバックの中に入れ、外へ出ると見知った顔が玄関の前で爽やかな笑顔で立っていた。
「……本当に、来る気か?」
「当然。……連れてってくれよ。僕達が居るべき世界にさ」
不敵な笑みで螢にとんでもない事を言い放つのは日野坂香夜。
昨日、帰り際に彼の家に行き、事のあらましと、別れを告げた。自分の取る道を含めて。
「荊の道、どころの話じゃあ済まないぜ?」
「良いって。こんな所で腐ってたら、人生勿体ないじゃないか。それにさ………僕達みたいな異端者は『コッチ』じゃあ、嫌われるだけじゃないか……」
「……分かったよ」
彼なりの嘔悩があっての『答え』ならば俺に止める権利は無い。
朝の住宅街に静かに進入してきた黒塗りの車。
日野坂が先に乗り込み、続こうとすると、
「螢!!」
「…………ッ!!」
後ろから走ってくる気配は1人分。誰かはすぐに分かった。
「……すいません、少し待ってて頂けませんか?」
「分かりました」
運転手に声を掛けて振り向く。
「木綿季……」
「良かった……まだ、行ってなくて……」
「……お別れは、言っただろ」
「僕は言ってないもん」
今朝早くにお母さんにだけ連絡し、謝罪と口止め、それと伝言を頼んだのだが、どうやら無駄だったようだ。
「螢……どこにも、行かないで。僕の秘密、聞いたでしょ。最期まで、一緒に、居てよ……」
「………………」
木綿季は……本当はこんな事を言う子じゃない。言うなら逆の言葉だろう。
今はただ、混乱して何も考えられないだけだ。
「それは、出来ない」
「……どうして。何で、螢が居なくならなきゃいけないの?嫌だよ……さみしいよ」
目に浮かぶのは宝石のように美しい水滴。夏の朝、朝顔の花の表面にあるような、儚く、小さな光の粒。
歩み寄り、その光の粒を拭ってやり――少し躊躇った末、その小さな体を優しく、ありったけの想いを籠めて抱きしめた。
「木綿季、お前は強い。俺よりも、誰よりも。皆の希望にだってなれる。ランやお母さん、お父さんの力に、希望に、木綿季はなれるんだ」
「そんなこと……だって、僕は……」
その先を続けようとする木綿季を頭をふって黙らせ、心の底から誓う。
諦めかけている彼女に、虚像でもいい、仮初めの勇気を与えるために。
「だったら、俺が2人を助ける」
「え……?」
「だから、待ってろ。俺が行くまで死ぬな。死んだら怒るからな!!」
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