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ソードアート・オンライン 穹色の風
アインクラッド 前編
視えざる《風》を捉えろ!
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「消え……た……?」

 驚愕と困惑が入り混じった声がトウマの口から漏れた。蚊の鳴くような声量が、この部屋の静けさを何よりも如実に物語る。

「マ、マサキ。これはさすがにヤバいだろ……撤退した方が……」
「いや、まだだ」

 じりじりと後ずさるトウマに、マサキは努めて冷静に返した。肺に溜まった空気を大きく吐き出して喉につっかえていた動転を取り除くと、針の先端に乗ったこまのような声色を紡ぐ。

「消えたと言っても、恐らくは《隠蔽(ハイディング)》スキルで身を隠しているんだろう。となれば、移動する際にハイディング率は大きく下がる。……つまり逆に考えれば、俺たちが相手を見つけられない状態にある限り、俺たちが攻撃を喰らう可能性は極端に低いということだ」

 何とかこまが針の上から転落する前に言い切ったマサキは、無意識にぎゅっと唇を結んだ。すると今度はトウマが口を開く。

「そっか……そうだよな。うん、そうだそうだ。マサキ、ゴメン。俺ちょっと変に怖がりすぎてた。そうだよな、《隠蔽》スキルは動けばすぐ見破られるんだから、大丈夫だ。それに、やっぱりここで帰るよりもボスを倒したほうがいいに決まってるし。……よし! そうと決まれば、さっさと隠れてるボスを倒して上の層に行こうぜ!」
「あ、ああ……」

 急に態度を豹変させたトウマ前にして、マサキはただ面食らうしかなかった。
 マサキに向けられた妄信とも言える信頼度を表している、トウマの顔面に浮かぶ屈託のない笑顔と並べられた言葉。それらはかび臭い空気と共に肺へと侵入し、胸の中で二つの旋律を奏で始める。二つの旋律は互いに侵しあい、混ざり合って不協和音へと形を変え、更に大きく不愉快なメロディをがなりたてる。

「……なんだってんだよ、クソ……」

 マサキは俯くと、彼らしからぬ粗雑な言葉遣いで肺に溜まった不快な空気を押し出した。それでも不協和音はその音量を緩めようとはせず、自らの存在を声高に主張し続ける。
 そしてその音量に耐えかねたマサキが、どうにかしてそれを追い出そうと深呼吸しようと大きく息を吸い込んで――。

「! マサキ危ない!!」

 無音の部屋に突如響き渡った警告。それから数瞬遅れてマサキが認識したのは、自らの身体が宙に浮いているという、紛れもない、そして信じがたい事実だった。


「…………?」

 上下が逆転した天地と自由落下の浮遊感、視界の端に映る、砕け散る曲刀と腰元から放物線を描いて落ちていく幾つかの青い光を確認してなお、マサキは自分が置かれている状況が判断できなかった。彼の頭の中に恐怖感はまるでなく、それどころか浮遊感に付随した心地良さを感じるほど悠然としている。
 ……だが、それも長くは続かなかった。天高く投げられたボールもいつかは堕ちてくるよ
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