第四章、その8の3:二つの戦い
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海原のような青々とした空から、蜥蜴が大翼を羽ばたかせながら地面に降り立つ。本来蜥蜴が持つべきではない過ぎたるそれは、而して山腹の砦と錯覚してしまうほどの巨体によって自然なものとなっていた。鋼のような鱗が背中に重なり合い、鈍い鉄色の光沢を生んでいる。肉体を貫いて魂を射抜かんとしているかのような黄色い眼光、口元から覗く長い牙と赤黒い歯茎。どれもこれもが見下ろされている兵士等にとって異常なものであり、彼らの知識に存在し得ないものである。
「なんなんだこいつは・・・!何がどうなっている!?」
誰かが零したその台詞は波のような動揺を集団に流し込み、すぐに畏怖を惹起させた。皆が狼狽えている。自分達の腰にぶら下げている剣や手に握られた弓では歯が立たないと、本能的に悟ってしまったのだ。唯一恐慌状態ではない隊長格の者ですら、普段兵士等に見せぬような表情を浮かべている。熊美ですら例外ではなかった。
だが、誰よりも早く熊美は冷静さを取り戻しつつあった。自らの知識があれの正体を知っているからだ。即ち、あの鉄色の蜥蜴は、龍であったのだ。
「団長!どうするんです!?」「あれは蜥蜴なんですか!?それとも、敵なんですか!?」
配下の騎士が問う。彼らの脳内の知識には龍という存在は刻まれていない。『セラム』において龍とは、唯の神話や寓話上の生物であり、形そのものも不確かな存在であったのだ。
熊美は騎士としての己を全身の血に意識させる。奮い立つような気持ちが湧いてきた。熊美は恐怖しかけている愛馬の鞭を持ち直す。
「今命令を下す!・・・貴様ら!絶対に動くな!!やつを刺激するんじゃない!!私が対話を試みる!!」
「団長、危ないですよ!」「ヤガシラ殿!!」「クマミ、自重しろ!!」
朋友達の声を背に受けつつも、熊美は隊列を抜けて龍の前へと進んでいく。狂ったような黄色い眼光を受けていると手に汗が湧いてきて、ハルバードを掴む手の感覚をおかしくさせる。しかし逃げる訳にはいかなかった。
(誰かが最初に進まなくてはならない・・・その役目を兵士に任せる訳にはいかない・・・)
龍より人の足で二十歩の場所まで近付く。これ以上は馬が怯えて進んでくれなかった。龍にとっては一歩に等しい距離なのだろうと、心中冷ややかな思いで、熊美は叫んだ。
「翼のある蜥蜴よ!貴殿が人の言葉を解するのならば、どうかその獰猛な牙を収め、我らと理性ある対話をしてほしい!!返答や如何に!!」
兵士らが固唾を呑んで見守る。背中に嫌な汗を掻きながら、熊美はただ返答を待つ。龍は叫びを受け取っても微動だにせず穏やかな呼吸をするだけであった。永遠とも思われる緊張の時間は不意に爆発した。龍が軽く瞬きをした同時に、その首が俄かに引っ込んだのだ。途端に熊美の毛穴という毛穴が開き
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