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Epilogue
Epilogue(全文)
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食事を受け渡す工場を指した。今配給をしているのは五十過ぎの女性だったが、その奥に厨房が見えるのをナツメは憶えていた。今ナツメが腰掛けている場所からでは、距離がありすぎてよくわからない。
「お前は戦場に行かなかったのか」
「体が弱いんだ、生まれつき。幸か不幸か、ね」
 それで徴兵から逃れられたんだ、と彼は自嘲的に笑った。
 それを聞いてナツメにも納得ができた。彼のどこかずれた純粋の正体に。それと同時に、ユーリは羨ましがられただろうと思う。ナツメは彼を羨ましいとは思わなかった。彼には彼なりの苦労があったことを想像できるからだった。
 ナツメは欠けたプラスチックの容器を空にして、そこを立った。容器は返却しなければならない。彼が歩き出すと、背後でユーリが「じゃあな」と小さく手を振った。ナツメは何も応えず去った。それが悪意や敵意からの無視ではないことを、ユーリは不思議と理解する。ナツメがユーリの言葉にしない苦悩を感じたのと同じように。
 ナツメが見やると、古い工場を再利用した厨房には、確かに皿を洗う少女の姿があった。


 秋らしさを得始めた夜は少しばかり肌寒く、ガラスのなくなった窓から入る風がいつの間にか伸びた髪を撫でていく。雲の少ない夜だった。窓から月の姿は見えずとも、宿直室は月光にほんのり照らされる。部屋の内外を繋ぐのはその窓だけであった。廊下に繋がる扉も、グラウンドへ繋がる裏口も閉じられている。ナツメは主に裏口から出入りしていたが、夜になる前に錆びついた扉を力ずくで閉めた。そうして唯一開いた窓の正面で縮こまる。訪問者がっあったとしても、気づけるように。
 銃はいつだって、手に届く場所にあった。道を歩いているときも、訊ね事をしているときも、農作業をしているときでさえ。いつどんな危険に晒されるかわからなかった。ナツメがポリスの外から来たせでもあった。外は危険で溢れている。ただ、このポリスの住人は平和を過信しすぎていると彼は感じた。ポリスの中が絶対に安全とはいえないことを、ナツメは経験上よく知っている。
 安全な場所はどこにもない――そんな世界で、ナツメはいつしか銃に依存していた。銃は安全を保証してくれる万能の道具ではない。銃を撃ちながら殺された仲間も、銃を撃てずに撃たれた女子供も、彼は多く見てきた。けれど銃はいつもナツメを守ってきた。どんな仲間よりも確実に。
 周囲に警戒網を張りながら浅い眠りにつき、秋の夜は過ぎた。
 ナツメが目を覚まし行動を始めたのは、朝顔が花開いているであろう日の出の直後だった。眠りについていたはずだが、彼にはその実感がない。銃を片手にうずくまったまま、ずっと虚空を見つめている記憶があった。浅い眠りのせいだった。行く宛もなく放浪する日々が続いたせいで、体は眠ることを忘れかけている。
 農場へ向かうための準備をしてい
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