Epilogue(全文)
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それさえ彼は自らの幻のように思った。明け方に見る悪夢のような。
けれど鼻につく硝煙の香りが現実を見せ付ける。リアルをナツメに押し付け認めさせようとするのは、今度こそ動かなくなった機械であり、そこから昇る微かな煙であり、そして鮮血の赤だった。砂の擦れる音と、乾いた目に映る淡色の景色が急に生々しく感じられた。そこにあるのは、嘔吐しそうになるほどの生だった。
アサガオの体が膝から崩れ落ちる。
彼女は悲鳴も上げない。言葉なく、表情さえないままに赤い花を咲かせて倒れこむ。その姿は優雅で、庭園の花を見つめて座り込む淑女を思わせた。
彼は走った。三十メートルの距離で何度も足がもつれる。走っても走っても距離が縮まらない。少女の姿は遠い。自分は永遠に彼女の元へたどり着けないのではないか――そんな考えさえ生々しさをもってナツメに訴えかけてくる。それを振り払うように駆けた。
ナツメは彼女の前でロボットの死骸を蹴り飛ばす。今度こそ仕留めることができたかどうか確かめるために。ロボットは動かなかった。力を失った車輪が衝撃でころころと回った。
目の前まで寄った少女は、そのロボットの屍以上に生に欠けた。
「傷を見せろ!」
座り込むアサガオにナツメは呼びかける。
白のワンピースを赤く染めた少女は微かな反応を見せる。赤は正座をするように座った彼女の腿から流れていた。
「足を伸ばせ」
生き物の臭いが鼻につく。死と同じ臭い。穿たれた傷口から流れるのは真っ赤な血で、オイルではなかった。
ナツメは無理矢理に彼女の右膝を伸ばし、腰にかけられていたアルミボトルの中の水をすべてぶちまける。量は十分ではなかった。水で薄まった鮮血がさらにむせ返るような香りを放つ。細い腿を、弾丸は貫通していた。
ナツメは一つの仕事を果たし終えた布切れを剥ぎ取る。アサガオの脛に巻かれていた布。そのときのように都合のいい布切れは持っていなかった。とにかく流れる血を止めなければならない。震える手で、ナツメは黄ばんだ安布を操る。
その手の震えさえ、慣れたものだった。戦場で何度も同じことをしてきた。ナツメが手当てをした仲間のうちの半分は最初から手遅れだった。彼らは涙を流しながら、親のことを、恋人のことを、子のことを叫びながら、最後には糸が切れたように動かなくなる。
フラッシュバックは再び現実と重なろうとする。
目の前の少女が、かつての仲間に見えてくる。似ても似つかない。
鮮明に想起されるのは、新しい記憶。死に顔が思い出される。ユーリの安らかな顔。
もしかしたら、と思う。
足を撃たれたくらいで、と思う。
雲一つない青空の下、ナツメは布切れと苦闘する。
【エピローグ】
秋の香りがした。
色づく森のざわめきが遠くから届いた気がする。聞こえるはずが
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