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Epilogue
Epilogue(全文)
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門には札が立て掛けられていた跡だけが残っていた。ナツメはしばらく様子を見ていた。校門から校舎まで百メートル近い距離があったが、それでも時間と人間が与えたダメージの大きさを測り知ることができた。黄ばんだコンクリートには幾つもの大きなヒビが走り、窓ガラスはすべて取り外されている。前者は時間と自然による破壊であり、後者は資材を求めた人間による強奪の結果であった。風通しがすこぶるよくなった校舎からは、強い風が吹くと悲鳴のような唸りが聞こえるのだった。
 グラウンドを真っ直ぐ横切ってナツメは玄関から土足で校舎に入った。げた箱は持ち去られていたし、屋外と屋内の区別などつかないほどだった。広めの玄関ホールを右手に曲がって伸びる廊下の床には、元々がなんだったのかわからない廃材で埋め尽くされていた。木の板の欠片だったり、何かの布だったりした。ナツメは微かに覗くリノリウムを渡って歩いた。そんな惨状であっても、鉄筋コンクリートは強かった。
 まずは寝床を確保しなければならなかった。校舎は三階建てだったが、出入りの容易さからナツメは一階部分の他を使用することを考えなかった。階段を登ることなく素通りする。部屋を一つずつ見て回った。何もない――廃材の他には――部屋がいくつか続いた。部屋の名を示す札が「一ーA」と教えてくれる。ナツメはかつて幾人もの子供が集っていたであろう教室を眺め、通り過ぎた。
 何もない教室が四つ続き、その奥は倉庫だった。そう記されていただけで、実際には何もなかった。
 その奥は保健室だった。ナツメは学校に通ったことおがあるはずだった。ほとんど記憶にはない。戦場での記憶が、それ以前のすべてとそれ以降の細々を消し去っていた。それでも保健室の内装についてイメージはもっていた。清潔で、南向きで、ベッドがあるというイメージを。
 しかしその漠然としたイメージは、時間の経過によって実体を伴わない単なる「イメージ」へと変わっていた。十二畳ほどのその部屋には、清潔感も、ベッドもなかった。代わりに植物の緑があった。部屋の南向きの窓の外から、植物の蔓が広がっていた。まるで部屋そのものを喰らうかのように。
 ナツメは札の「保健室」という文字をもう一度確かめる。そこは「保健室」だったが、今真に名乗るべきは「植物園」だった。
 部屋に入ることにナツメは躊躇いを覚えた。一歩踏み入れれば、部屋と一緒に自分も喰われてしまう気がした。一方、そんなことはないという現実的な思考が彼を立ち留まらせ、ナツメに観察をさせた。窓から進入し、壁と天井を這う蔓は朝顔のものだった。青みがかった花が、昼の光を浴びて縮こまっている。今朝は開いていたかもしれない。数十もある朝顔の花が日の出とともに開き、生え揃った鋭い牙で襲いかかってくる――そんなビジョンがナツメの脳裏に浮かんで消えた。それほどまでに朝顔が成長
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