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Epilogue
Epilogue(全文)
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決して拭うことのできない色。
 彼女は可能かぎりすべての花に挨拶を終えると、その両足で立ち上がった。傷口を隠す布は、まだ右足の脛に巻き付けられたまま。そこにも小さな染みがあった。固まった赤黒い染みが。アサガオは一度屈みこんでその布を縛り直した。きつく、二度とほどけないように。少し痛いくらいが彼女に実感を与えた。
 寂しがるような素振りはなかった。決別するように、彼女は保健室から立ち去る。廊下を抜け、グラウンドを抜け、学校を取り囲むフェンスの外に出る。ここに残る、ナツメに告げたその意思を曲げることなく、彼女は校舎を背にして行くのだった。ポリスの中は生暖かい屍で溢れかえっている。そんなに多くの人間がポリスで生活していたことを彼女は知らなかった。一つ、また一つと血沼に浮かぶ屍とすれ違う。歩みを止めず進む。瞳は真っ直ぐ前だけを見据えていた。
 アサガオは一人、産声を上げたばかりの地獄を行く。


 崩れた木造建築の裏を抜け、血のような赤錆を踏みつけ、ナツメはコンクリートの壁に身を隠した。
 息はしていなかった。聴覚はストライキしていた。銃声も悲鳴も聞こえない。それでもわかる。まだ惨劇は終わっていないことが。自分の走る足音まで聞こえない。空の青さばかりが目に付く。感覚のすべてが混同し始める。目で音を見、鼻で景色を嗅ぐ。体は耳で呼吸しようとする。できないことに気がつくまで、肺の中で空気が腐っていく。
 彼は物音一つさせずにビルの陰に身を潜めた。感情が疑問を訴える。どうして自分はこんなことしなければならないのか。感覚が否定する。ただ生き残るため。息を整える。吐き出した息が回りの空気と混じる。吐息を通してようやく辺りの様子が見えてくる。崩れかけた双子のようなビルの谷間。深い日影。来た道は日の当たらない細い路地、これから向かうべきは幹線道路。誰にも使われることのない太い道は、砂に汚れ、砂漠のように広がる。その道を超えた向こうに壁がある。ポリスの内と外とを繋ぐ壁。
 ナツメは背中をコンクリートの壁に預ける。最初で最後の賭け。そこを凌げばポリスの外に出られる。タイミングを間違ってはいけない。
 音を聞こうとした。殺戮ロボットの四本足が奏でる走行音を。あるいは背負った銃の炸裂音を。けれどできなかった。どんな音も聞こえてこない。今までの喧噪が嘘だったかのよう。陽炎に取り囲まれたかのように揺らぐ視界で道を見る。
 風が凪いだ。
 機を伺う。
 風が吹いた。
 誰かの声が聞こえる気がする。
 聞き覚えのある声、かつての戦友の、ユーリの、アサガオの、すべてが混じり合った声。
 風が去る。
 体を壁に押さえつけていた圧力が消える。体の重心が動く、転がるように足が回る。銃を構えるのも忘れてビルの陰から飛び出す。
ちょうどそのとき。
 死角から、金属光沢が現
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