Epilogue(全文)
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はありませんか?」
「危険だ。だが、隠れていてもいずれ見つかるかもしれない」
ナツメが淡々と告げると、アサガオは口を閉じた。それは沈黙であったが、彼女が何かを深く考えていることはナツメにもわかった。表情からは読み取ることができない彼女の思いを、表情さえ目にしていない中で感じることができた。
彼女はしばらくして結論を出した。
「わかりました」
少女の視線はナツメの背中に真っ直ぐ向けられていた。彼が振り向くことはないとわかっていても。
その言葉の真意がナツメにはわからなかった。考えようとすることなく彼は機を待った。何か超自然的なものが囁くのだった。狙っていたタイミングは今なのではないか、と。
彼はほんの少し腰を高くする。
「もう行く」
アサガオは動かない。
「はい」
そうか、とナツメの口が小さく動いた。彼女を置いて行くことに後悔を感じるとは思えなかった。逃げた自分が生き延びて残った彼女が死ぬのだとしても、その逆だったとしても。
窓からは普段の景色以外に何も見えなかった。雑多な廃墟群。空が青い。
ナツメは告げる。
「じゃあな」
彼は返事を待つことなく駆け出した。窓を抜け、朝顔の根元を超え、グラウンドの隅を駆けていく。最初に思い浮かべていた進路通りに、彼は走り抜けた。警戒することも躊躇うこともなかった。男の背中は、グラウンドの向こうですっと消えた。
一瞬の出来事を眼前にして、アサガオただ一人が取り残される。しゃがみ込んだまま、いつまでも彼が消えた場所を見つめる。何もない建物の陰。ロボットの心が寂寥を感じることはない。それでも彼女は目を逸らさない。
「さようなら」
誰もいなくなった場所に向かって、そう言った。
小さな返事は、誰に届くこともなく風に乗って擦り切れ消えた。
【第九章】
街は時間の流れから独立した。その数年の間に。誰も空地に高層建築を建てず、誰も古い木造の建物を解体せず、誰も森を切り開かない。雨と風だけが少しずつ街を枯らせていく。時間は以前ほど容易に都市を変えることができない。枯れた都市に生き物はいない。いるのは鉄のロボットだけ。彼らは食べることよりも殺すことに飢えている。殺したくて殺したくてたまらない。生きているものを探し求めて死んだ街を徘徊する。時間から切り離された街。ロボットは永遠に彷徨い続ける。
音は鳴りやまない。どこかで大きな音がして、またしばらくすると同じ音が別の方角から聞こえる。時折悲鳴も混じった。ポリスの中は騒がしかった。それだけの生がそこにあるのだった。今まさに一つずつ刈り取られているのだとしても。
アサガオはその喧噪を耳にしながら、大切そうに朝顔の花を撫でた。一つ一つにお別れを言うように。昼の花は朝ほど美しくない。安い紙染み込んだにインクのような青。
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