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Epilogue
Epilogue(全文)
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ほどに。彼の意思とは関係なく。
 彼は喋らなかった。もう二度と。
 ナツメが呼んだ。誰の耳にも届かない。砂を纏った風が吹く。抜け落ちる命をさらっていく。
 高い空に、ナツメの絶叫が届いた。


 どういう経路をたどって、どうやって移動したのかわからない。どれほどの時間が経ったのか、それは手のひらで固まりつつある赤い血が教えてくれた。血はほとんど固まって黒ずんでいた。ナツメはいつの間にか宿直室にいた。
 遠くからは今も大きな音が聞こえた。微かな悲鳴とともに。殺戮は続いている。わけもわからず人が死んでいく。今までに見た十人と同じように。ポリスの住人は抵抗力を持たなかった。今までがあまりにも平和だった。彼らはその赤い瞳で見つめられて、なす術もなく撃ち殺される。その様子がナツメには鮮明に想像された。彼自身、何度もその光景に居合わせ、武器と運で生き延びたのだった。
 ナツメの頭は何も考えなかった。散らかった部屋を茫漠と見つめるだけで、何もしなかった。体が憶えている。生から死へと移り変わるものを。その感触を。拳を握ると、固まった血液が剥がれて落ちた。そのすべては落ちなかった。灰色の服に染み込んだ赤黒い模様は、当分取り払うこともできそうになかった。
 彼の頭はなぜこうなったのかを考えようとした。答えはなかった。いつかこうなる運命だった。
 それを受け入れようとしたとき、彼は戦場で死にゆく友の気持ちを知った。彼らはこうして死んでいったのだった。諦念にも似た満足感を得て。ナツメの指が腰の銃に伸びた。まだ弾丸は残っていた。部屋にもいくらか転がっている。
 耳が思い出したユーリの言葉が、その指を止めた。彼は最後にナツメに言った。ごめん、と。早く逃げろ、と。
 ナツメは小銃から手を離す。部屋の中を見た。初めて来たときよりも散らかっていた。片づける必要はなかった。彼は金色の弾丸がいっぱいに詰められた弾倉を一つずつ、上着の左右両方のポケットに入れる。銃に装着されている弾倉もいっぱいだった。セレクターレバーはフルオートにセットされたままだった。
 部屋を出ようとする。
 出ようとして、足が止まった。
 ナツメは群れを成す朝顔の花を思い出した。


 少女はそこにいた。
 世界から切り取られたように、保健室の花は昨日と同じ昼の光を浴びて萎んでいた。そこだけは外界の喧噪とは無縁だった。青空を渡って響く音も、そこでは聞き取れない気がした。ナツメは保健室に足を踏み入れることを躊躇う。服を赤く染めた彼には不釣り合いな場所に思えた。
 いつかのように少女はナツメを見上げる。
 彼女は立ち上がると、深く上品にお辞儀をした。
「こんにちは」
 彼女はナツメの体中に飛び散る血痕を一瞥し、しかし何も言わなかった。ロボットは余計な詮索をしない。
 ナツメは自分が
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