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Epilogue
Epilogue(全文)
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 声は聞き取れないほどに細かった。彼女の四肢のように。静寂に包まれた夜でなければ、ナツメはきっと聞き漏らしていた。それほど小さく、また起伏のある言葉だった。
「いや」
 ナツメは短く言う。
 アサガオが彼を見上げた。透明な瞳で。
「ごめんなさい」
 ナツメは何かを言おうとして、できなかった。二度同じ言葉を言われたことに彼は一瞬気づけなかった。二度の謝罪は大きく違っていた。その言葉がもつ起伏や感情の面について。二度目の謝罪は謝罪でありながら無感情だった。
 アサガオがナツメの言葉を待つことなく彼の隣を通り過ぎた。校門へと向かう。その影は次第にランプの光から離れて薄くなる。幽霊のように。
 ナツメはアサガオの後ろ姿をじっと見つめていた。それ以外にできることがないように思われた。そのときのナツメには、彼女が人間なのかロボットなのか、あるいは幽霊なのか、判断がつかなかった。
 風がブルーシートをさらった。ランプに照らされた殺戮ロボットがガラクタ同然の体を晒す。ブルーシートがランプの光の外に消え、アサガオの背中も出ていった。彼女がどこへ行ったのか、ナツメにはわからない。
 ナツメは校舎を見上げた。闇夜に佇む校舎なら、アサガオがどこに行くのかも知っているような気がした。けれど校舎は重々しく鎮座するだけで、ナツメに何も与えなかった。
 彼はロボットの死骸を背負った。


【間章2】

 彼が最初に戦場に出て戦ったのは、母国から海を渡った先にある外国だった。
 兵士としての訓練を受け始めてから半年も経たない朝。彼の部隊は敵からの攻撃に、応戦を余儀なくされた。まだ慣れない銃を手に、言われた通りの場所へ行き、言われた通りに撃った。誰かを狙う余裕はなかった。ただ銃弾を、明後日の方向ではないどこかへ放っていればよかった。つい数か月前まで平和な国の学校へ通っていた彼らにとって、受け取った銃弾をすべて使い切ることがノルマのように思われた。銃弾は余るほどあった。戦争が始まる前は、世界中で物資の枯渇が問題視されていたというのに。
 彼は初めての戦いで仲間を失った。襲撃に備えて築き上げた腰までの高さのバリケードに隠れて銃を撃っていた。すぐ隣に味方がいた。同じようについこの間まで学生だった男。その男が、絶え間なく響く銃声の中で、不意に倒れた。最初はふざけているのだと思った。戦場を初めて経験する彼にはその程度の感覚しかない。緊張はしていても、その緊張をリアルとして受け止めるだけの心がない。男は倒れたまま動かなくなった。そのうち血だまりができた。
 部隊を指揮していた上官が叫んだ。休む暇があったら撃てと。悲しかったら撃ち殺せ、仇をとれ、と。彼は言いようのない気持ちになった。戦争が始まる前、彼が人の死を肌で感じたのは一度だけだった。近所に住んでいた祖父が死ん
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