Epilogue(全文)
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その恐怖が、彼の初めて目にするアサガオの表情だった。
「どうした?」
ナツメの言葉にアサガオは答えない。彼女は涙を流して怯えた。銃口を向けられても怯えることのなかったロボットが。痙攣し、硬直し、ただ一点を凝視する。最初ナツメは自分を見ているのだと思った。しかし違った。
ナツメは背負っていた死骸を地面に放った。
「こいつか?」
アサガオの目は殺戮ロボットの遺骸を追った。恐怖に見開かれたまま。
地面に横たわるロボットに、アサガオは後ずさろうとしてバランスを崩して転んだ。尻餅をついて、立ち上がることもできずに泣く。
「大丈夫だ。もう壊れている」
無造作に転がる、生気の欠片も感じられないロボットを目の前にしても、アサガオは変わらなかった。森の奥で鬼に出くわした子供のように、しゃくり上げて震えた。鬼はとっくに死んでいるというのに。
ナツメは困惑した。ロボットが怯えることが理解できなかった。彼はロボットを専門的に学んだわけではないし、ロボットについて知っているのは軍隊に配属されていたものを見たことがあるからであり、上官のうんちくを聞かされたことがあるからだった。ナツメの上官は言った。軍用の人型ロボットと民間用の人型ロボットは大きく違うと。ハード面でもソフト面でも。ナツメは、民間のロボットには怯えたり泣いたりする機能が備わっているのかもしれないと思った。そう考えて結局は困惑する。どうやって止めればいいのかわからなかった。
「落ち着け」
厳しい口調でナツメは言った。コマンドとして認識されることを期待した。だが無駄だった。
ナツメは首の後ろをかいて辺りを見回した。子供に泣かれた気の弱い大人が大抵そうするように。ランプの光を反射する何かをグラウンドの隅っこで見つけた。ナツメはそれを拾いに行き、殺戮ロボットを覆い隠すように被せた。変色してボロボロになった、ビニールのブルーシートだった。ブルーシートはすっぽりと遺骸を隠してくれた。
しばらくアサガオは泣き続けた。それでも少しずつ嗚咽はおさまる。機会を伺いながら、ナツメはその姿をじっと眺めていた。
彼は何度も錯覚しそうになった。目の前にいるのが人間の少女であると。透明な涙を流す姿は人間そのものだった。人間らしさを見て取ることはできても、そのときのアサガオにロボットらしさは見つけられなかった。きっと肌や髪も人間そっくりに作られているのだろうと想像できる。普段の無表情こそが彼女のロボットらしさであり、彼女が本当にロボットなのかどうかは体をかち割ってみない限りわからないようにナツメには思われた。
それでも彼女はロボットだった。彼女が自分をロボットだと言い、それをナツメが認める限りは。
再び月が雲に隠される頃になって、アサガオは残った少しばかりの涙を指で拭き取った。
「……ごめんなさい
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