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Epilogue
Epilogue(全文)
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ことでない。事実、こうして脆い壁を築くだけでロボットのカメラを誤魔化すことができた。
 ナツメはランプに火を灯した。油は残り少ない。ほとんど日が暮れて、藍色の空に浮き出るように並ぶポリス内のビルを目印にしてナツメは歩いた。学校からポリスの防壁まではそう離れていない。薄らと地上を照らし始めた月が高く昇る前には戻ることができると彼は推測する。
 学校の校門からグラウンドに入ったとき、彼は何かの足音を聞いて歩みを止めた。夜の巨大な校舎は独特の凄みがあった。見上げるだけで睨み返されているような気分になる。風が雲を運び、雲は月を隠した。ナツメはグラウンドを広く照らすためにランプを高く掲げる。
「誰だ?」
 答えはなかった。ナツメはロボットを背負う両手の力を緩める。いつでもそれを放り出し、腰の銃を構えられるように。
 止まっていた足音が再び響き、ランプの光の中に影が現れる。影が小刻みに揺れた。朧気な幽霊か何かのように。ランプの炎が揺れているからに過ぎなかった。
 影の主は遠くからの鈴の音のように細い声で言った。
「こんばんは」
 影は揺らぎ、やがて少女の形に定まる。
「アサガオか」
「はい」
 少女は自分がアサガオであることを認めた。自身がそう呼ばれていることを。
 ランプの光に浮かび上がる彼女は、彼女の肌は白く、このときも白のワンピースを着ていた。そうでなければナツメはアサガオがそこにいることに気づかなかった。彼女の深い色の髪は闇に紛れる。瞳は宵よりもさらに深い闇を思わせた。
「おかえりなさい」
 彼女が頭を下げた。
 遅れて、ナツメはそれが誰かに仕えるべくインプットされた業務的な挨拶であることを悟った。
「ただいま」
 ナツメも業務的に言った。
「どこへ行く?」
 彼は彼女の目を見た。透明な瞳。彼が問ったことに大きな意味はなかった。人は普通日が暮れてから外出したりしない。夜目が聞かないから。アサガオはロボットで、彼女の目には暗視カメラも埋め込まれているかもしれなかった。 
 アサガオはそれに答えようとしてナツメの目を見返した。その日は特別風の強い日ではなかった。
「はい――、」
 風が吹いた。突然に。
 野分のような突風だった。空が鳴き、アサガオの前髪が揺れた。ナツメは反射的に目を閉じた。一秒か二秒か、一瞬とはいえない時間、彼は視覚と聴覚を奪われる。
 最後に一際強く吹いて、風は去った。風が吹くのは地上だけではなく、空では雲が突風にさらわれた。隠れていた月が出る。半月だった。
 半分だけの月が地上を照らした。
 アサガオの絶叫が聞こえた。
 金切声ではなかった。声にもならない、喉が痙攣するような叫びだった。目を開けたナツメが見たのは無表情な彼女ではなかった。少女の瞳は見開かれていた。明らかな色をもっていた。
 
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