Epilogue(全文)
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した。しかし喉まで出かかった言葉を彼はそのまま飲み込んだ。
「そうか」
ナツメは彼に背を向けてランプの火を消す。混ざりものの多い低質な油を断たれた炎は、最後まで揺らめいて消えた。ナツメは炎に焼かれた視界の染みを見続けた。ユーリが苦労してドアノブを回し、扉を開放する。
じゃあな、と言おうとした彼をナツメが呼び止めた。背を向けたまま。
「ユーリ」
彼も振り返ることはなかった。雲の切れ間から差す日差し眩しさでそれどころではない。ユーリは自分にそう言い聞かせた。
「このポリスにはロボットがいるのか?」
ナツメがランプを部屋の隅に寄せる。元々散乱していた道具も、コウメの手によってさらに散乱した道具もかき集めて一まとまりにする。そのすべてをリュックサックに戻すには、立体パズルを組み立てるように整理しなければならなかった。
ユーリの目がようやく外界の明るさに慣れ始める。
「ロボット?」
「人の形をしたやつだ」
「ああ……いるな。女の子だろ? 見かけたのか?」
「今朝な」
「みんなはアサガオって呼んでる。けど、おれはよく知らない。会うこともないし」
ユーリは久しぶりにその名を口にした。存在と名前を憶えている自分に驚く。
彼の口振りにナツメは小さく安堵した。安直につけられた名だが、それは住人の間で認められている証拠だった。
「危険じゃないんだな?」
確認するナツメ。
「大丈夫だと思う」
「そうか」
彼はユーリの方に顔を向けた。ユーリは立て掛けてある傘を取ろうしていた。自分が使っていたビニール傘を。ナツメが「その傘もタナベに返しておいてくれ」と頼み、ユーリがもう一本も手に取った。
「じゃあな」
二本の傘と少女を腕に去っていくユーリを、ナツメは「ああ」と見送った。天井から落ちる雫が畳を濡らす。ナツメは流れ続ける雨水を一滴だけ手に取った。透明な雫は、ナツメの手のしわを伝ってすぐに畳に落下する。新たな染みができた。
部屋に残った毛布を手に取ると、微かな熱が指を伝って感じられた。
【第四章】
湿った空気が砂を纏うことなく廃墟を突き進む。雨に洗われた空気はきれいで、目に見えて透き通っていた。どこかの大陸から風によって運ばれた砂に少しずつ砂漠へと導かれる廃墟都市も、雨のあとは独特の様相を見せた。土の匂い。塊になった泥。朽ちた屋根から滴り落ちる雫。雨水はコンクリートを削り、かつて人間が建てた建造物をゆっくりと着実に破壊していく。雨のあとは物音が多かった。どこかで軋みが生まれ、どこかで耐えられなくなった柱が折れて建物が崩れる。徳のある者は雨のあと出歩こうとしなかった。
ナツメはポリスの外の廃墟都市にいた。その危険性を熟知していながらも。
砂と錆の色に染められた街は呻き声を上げる。しかし生き物の気配はな
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