Epilogue(全文)
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機嫌を悪くしたのかも。
「だったら、死ぬときまで平和に幸せに暮らすのが利口ってもんだろ?」
「お前は戦場を知らない」
「知ってるさ」
彼はすぐに言い返した。そこで一度口を噤んだ。頭の中の靄から言葉を探しているか、そうでなければ言うべきかどうかに悩んでいるのだった。
「おれも、別のポリスから来たんだ。二年くらい前に」
告白するようにユーリは言った。ナツメは黙って耳を傾ける。聞いているのかいないのか、わからない程度の仕草で。狭い部屋では小さな声もよく響いた。雨足に遮られることもなく、彼の言葉はランプの火を揺らしながら伝わる。
「元々住んでたところが内乱でバラバラになったんだ。命からがら逃げてきた。運よくここにたどり着かなかったら、途中で死んでた」
コウメはなんとか薄らと目を開けているだけで、脳も聴覚もほとんど眠っていた。ナツメはそれを認めて彼女に毛布を掛けてやる。古い布きれのような毛布だったが、ないよりはマシだった。彼女は小さく身じろぎをして、それから完全に眠った。
「だからわかる。ここはいい場所だ。おれはずっとここにいることに決めた。お前もそう思うだろ?」
ユーリは話を聞いているのかどうかもわからないナツメに向かって語り続ける。彼が何を考えているのか理解できずとも、そのときのユーリにできるのは話すことだけだった。自分の意見と言い訳を。
ナツメはコウメの様子を眺めているだけだった。間違っても風邪を引かせてタナベに返すわけにはいかない。雨の日の廃墟は冷えた。廃墟都市を放浪してきたナツメにとって、もっと過酷な環境で雨をやり過ごさなければならない日は多くあった。その都度彼は体調を崩すことなくうまくやり過ごした。けれど幼い子供の体力がどれほどのものなのか、彼にはわからない。ナツメはそればかりを心配しているように瞳を定めた。
ランプの火が二人の顔を朧気に照らした。雨水が天井から落ちる。小さな音が響く。言葉はなかった。
肌寒さにユーリが身震いをして、膝を抱えるように座り直した。
雨はそれから小一時間で不意に止んだ。
コウメはまだ眠っていた。そろそろタナベが迎えに来る頃だろううかとナツメは立ち上がって窓の外を見た。草木の影の方向から時間を知ることができる。ナツメは以前彼に問われて自分の住む場所を答えた。タナベはこの場所を知っている。
もうしばらく待つことを決めてナツメがずれた毛布をコウメに掛け直してやると、今度はユーリが腰を上げる。
「おれ、コウメちゃん届けてくる」
そう言うと、彼はナツメが言葉を放つ前に毛布を剥いでコウメを抱き上げた。彼の腕力は男性として非力といえたが、子供一人を抱き上げるのに難はない。コウメは抱き上げられても目を覚ますことはなかった。
ナツメはタナベが迎えに来ることをユーリに説明しようと
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