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Epilogue
Epilogue(全文)
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から、彼は宿直室までの道に自分のものではない足跡があることに気づいた。
「よう、ナツメ」
 青年が一人、傘を差して宿直室に座り込んでいた。ユーリだった。
「どうした?」
 彼が差しているのも、ナツメが借りたものと同じく金属部に錆の走ったビニール傘。透明だったはずのビニールは煤けたように濁っていた。
 土臭い学校の庭で、ユーリは立ち上がる。ナツメを待っていたかのように。
「暇だろうな、と思って」
 答えてから、彼はナツメの隣に目を向けた。ひどく不審げに眉をひそめ、
「どうしたんだ、その子?」
「預かっている」
「タナベさんとこの娘さんだっけ」
「ああ」
 決して広くないポリスの中で、住人全員の顔を憶えるのは難しいことはではない。しかしユーリは彼女の名を知らず、コウメはユーリを知らないようだった。コウメがナツメの左手から離れ、ユーリから隠れるようにナツメの背後へ回る。
「誰?」
 ナツメにだけ聞こえるように訊ねる。
「怖い人じゃない」
「本当?」
「ああ」
 ユーリはゆっくりとナツメの方に歩いていき、腰を下ろした。コウメと同じか、より低いところから視線を合わせられるように。
「お名前は?」
 慣れた調子でユーリが笑顔を浮かべる。わざとらしい仕草がコウメの緊張を少しだけ解いた。
「コウメ」
 頭だけをナツメの陰から出すコウメ。ナツメと出会ったときにそうしたように、彼女は人見知りをした。ナツメは彼女の父親のようにうまく促そうともせず、ただただ突っ立っている。
「おれはユーリ。よろしく、コウメちゃん」
 ユーリが満面の笑みで言うと、コウメはナツメの後ろから出て頷いた。
 それが済むとナツメは扉を開けてコウメを宿直室に入れた。薄暗い部屋からは湿った臭いがする。ナツメのリュックサックの中身が散乱し雑多な印象だったが、コウメは見たこともない道具や食べ物に興味をもったようだった。傘を閉じ、靴を脱いで彼も室内に入る。
 まず最初にランプに火をつけた。雨の日は少し肌寒い。コウメがそれに見入っている間に、ユーリが部屋に上がる。
 初めて会ったときのように、ナツメがユーリに目を向けた。
「なんの用だ?」
「だから、暇だろうと思って」
「思って?」
「遊びに来た」
 ユーリは悪戯がばれた子供のような顔をした。そのくせまったく悪びれた風ではない。かつては窓がはまっていた穴から聞こえる雨足に紛れ込ませるように、ナツメは小さくため息をついた。それからランプの光に興味をもったらしいコウメに「触ると火傷するぞ」と注意する。
 コウメの隣に座ろうとするユーリを見下ろして、
「仕事をしろ」
 とナツメ。
 ユーリは言い訳をするように、
「休憩中なんだよ」
 雨だから洗濯もできないし、と口を尖らせる。本来の仕事がないのはナツメ
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