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Epilogue
Epilogue(全文)
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濡れて歩いたナツメは肌寒さを感じた。
 錆びついた傘を開くのは簡単ではなかった。コウメが楽な開き方を教えてくれる。ナツメは彼女の舌足らずな説明をなんとか理解し、言う通りにビニール傘を開いた。ナツメが手を引いて、誰もいない道路を歩き出す。
 透明感を失いつつあるビニール傘が、二人の上で怒鳴るような音を立てた。


 道中、コウメは親の姿がなくなった途端によく喋るようになり、ナツメに向かって何かを話した。騒がしい雨足のせいで、ナツメにはほとんど聞こえない。彼はなんとなくの意味を汲み取って、それなりの相づちを打った。コウメは話を聞いてもらえるのがうれしいようだった。
 雨が降っていても、町を歩けば人に出会った。ナツメと同じように錆びついた傘を差して歩く者だったり、屋根のある場所で仕事をする者だったりするが、ナツメを見て不審がらなかった。そろそろ慣れたのだろうと彼は思うが、実際は、タナベがナツメは真面目な青年だという評判をあちこちで喋っているからだった。
「ナツメ」
 声を張って、コウメが呼んだ。彼女は頬を膨らませて彼を見上げる。
「どうした」
 ようやくナツメは彼女を見た。
「コウメの話聞いてる?」
「ああ」
「うそ」
「そうかもしれない」
 ナツメは前を向き直した。まだ慣れない土地である上に、兵士として鍛えられた感覚が長時間のよそ見を許さない。
 内弁慶な少女は、そんなナツメの態度が気に入らない。
「ナツメのおとーさんとおかーさんは?」
「知らない。顔も憶えていない」
「どこにいるの?」
「さぁな。もう死んでるかもしれない」
 コウメはふーん、と言うだけだった。親や子の死んだ家庭は少なくない。一家全員が殺され、誰の記憶からも消えてしまうようなことも平然と起こった。誰か一人でも生き残っているだけで幸運だった。
「じゃあナツメは一人?」
「そうだな」
「だったら、うちに来ればいいのに」
 コウメは笑った。屈託のない笑顔だった。年相応の、何も知らない、それ故に眩しく純粋な。
 ナツメはそれを見て立ち止まった。彼女がどういうことを言って、自分はどう言えばいいのかわかっていたのに、彼はしばらく口を開けなかった。傘を持つナツメが足を止めたことでコウメも歩くのをやめた。彼女は視線を上げながら首を傾げる。
「ナツメ?」
 学校が見える距離まで帰ってきていた。もう少しで傘を置いて屋根のある部屋に入ることができる。
 彼は歩き出した。
「なんでもない。それは無理だ」
「どうして?」
「どうしても、だ」
 ナツメは学校の裏門から庭に入り、ぬかるんだ土に足跡を残して宿直室へ直接繋がる扉へと進んだ。コウメは納得ができない様子のまま黙って彼の横を歩いた。そうしなければ濡れてしまうから。
 ナツメの頭が正常な働きを取り戻して
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