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Epilogue
Epilogue(全文)
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なるまで少女は彼の背中を見つめていた。壁の向こうにナツメが消えると、少女は立ち上がって朝顔の花に目を戻す。かつての主がどんな顔でその花を愛でていたのか思い出そうとして、できないことに気がついた。
 保健室の窓の外――雨を浴びて揺れる朝顔の蔓を、彼女はじっと眺めた。


 今日は雨だから休んでいなさい――誰もいない農場に行き、それから向かったタナベ邸でナツメはそう言われた。タナベは家族と一緒に家の中で何やら作業をしていた。彼の妻はナツメを見ていつもの愛想のよい笑みを浮かべ、娘のコウメは父親とともに玄関まで出てきた。彼の自宅は戦争の前に建てられた平屋である。家族三人で住むには少々狭いように見受けられたが、物のない暮らしには狭いくらいがちょうどいいのだと、以前タナベはナツメに言った。
「傘ぐらい差しなさい。出てきてもらったのに悪いけど、今日は帰って休むといい」
 申し訳なさそうな笑いでそう告げるタナベに、ナツメは彼の言葉を無視して畑に出ようとかと考えた。雨の日の方が捗る作業もある。しかし彼はそれをやめた。一家の優しい雰囲気が、彼の勝手を止めた。
 ナツメが立ち去ろうとすると、タナベは思いついたように彼を呼び止めた。
「ちょっと待って。今日、これから予定は?」
「ない」
 それを聞くとタナベは一度妻の方を向いて、何かを確認した。妻は変わらない笑顔で頷く。タナベもつられて笑顔になった。
 彼はコウメをナツメの眼前に連れてきて、
「よかったら、少しの時間この子を預かってもらえないかな?」
 コウメは父親の言葉に驚きの表情を見せ、なんで、と唇を動かす。
「私はこれから用事がある。妻も一緒なんだ。ほんの小一時間なんだが、どうかな?」
 ナツメは躊躇った。子守などしたことがなかった。コウメは七、八歳の、それも女の子。子供と関わる機会さえほとんどないナツメが簡単に請け合えるものではない。しかしタナベが本当に困っているのも伝わった。そうでなければナツメに預けようと考えるはずがなかった。
「いいのか?」
 とナツメは問った。タナベに、ではなく彼の前でどうともいえない顔をしているコウメに。
「……うん」
「大人しくしていられるか?」
「うん」
 二度目は力強く、真っ直ぐナツメを見て言った。ナツメは引き受ける他なかった。
「わかった」
「ありがとう。用事が済んだら迎えに行くよ」
「ああ」
 タナベはコウメに靴を履かせ、薄手の上着を渡してから彼女をナツメの方にやった。コウメは寂しげな様子を見せることなくナツメの隣に立つ。彼女がそれをねだったので、ナツメは彼女と手を繋いでやった。
 タナベが古い傘をナツメに貸し、ナツメはタナベの妻の少々不安げな笑みを一瞥して家の扉を閉める。重い木の扉は大きな音を立てて閉じた。外はまだ雨足が激しい。学校から
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