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Epilogue
Epilogue(全文)
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院の少女。そのすべての顔が朧気ながらに再生され、同じ顔だと判明したのは、ごく最近の記憶だった。
 ポリスに着いたときに出会った少女。ナツメが銃を突きつけた少女だった。
 ナツメは銃を下ろした。
「お前……」
 少女は黙っていた。立ち上がることも怯えることもせずに、ただナツメの言葉を待つ。その様子は朝顔から生まれた妖精のようでもあった。表情は何も語らなかった。
「ここで何をしている?」
 威圧的な声色だった。彼の心が揺らいでいるせいで。
 少女は口を開け、一度閉じ、それから再び開口して、
「朝顔の世話を」
 平坦な言葉。ひどく無機質な音だった。たった一言だけでも、それが伝わった。
「これはお前が育てたのか」
「はい」
 ナツメは再び彼女と取り囲む朝顔の群を見た。朝方の花は大きく開いている。ナツメが一歩足を踏み入れた瞬間に、その開いた花弁から鋭い牙が生えるビジョンは消えない。けれど少女には牙を向けていないように思われた。蔓の根は部屋の外にあり、それが今土の中で雨水を受けている。
 雨足が二人の間から静寂を遠ざける。
「誰かに頼まれたのか」
 会話の中でナツメの緊張と混乱は解消される。それが消え去ると、今度は疑問が浮かんだ。彼女の透明すぎる瞳に。
「いいえ」
 少女は答える。
「お前の意志か?」
「はい」
 彼女の瞳は澄んだ水のように透明だった。透明な海のように、深く、底は見えない。ナツメはそこに恐怖を感じた。群がる朝顔の蔓に感じていたのと同じ恐怖を。ますます彼女が朝顔の物の怪か何かに思われる。
 ナツメは黙って彼女を見た。少女も黙ってナツメを見上げた。何かを考えている風ではなかった。
 少女はその人間味のない表情のまま、再び何かを告げようとした。
「……これは、」
 表情は変わらない。けれど小さな躊躇いが見受けられた。一瞬だけ彼女の言葉が止まる。
「これは、私の主人が大切に育てていた花ですから」
「主人? お前はどこかの使用人か?」
「いいえ」
 少女は頭を振った。
「なら主人とはなんだ?」
 彼女一人――ロボットのように感情の感じられない少女が一人、この校舎に出入りしているのなら、ナツメはそれを容認することができた。シゲイは彼女のことを知らなかったのだろうし、少女がナツメに危害を加えるとは思えない。だが他にも誰かがいるというのなら話は別だった。
「私を管理されていた方です」
 管理、という言葉にナツメは違和感を覚える。
「その主人は今どこにいる?」
 ナツメはその問いへの答えを予想して訊いた。
少女は彼の予想の通りに言う。
「空襲で亡くなりました」
 その無表情さえ、ナツメの想像するままだった。
 ナツメはしばらく何も言えなかった。戦争の中で近しい者を失うのは珍しいことではない。しかし
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