Epilogue(全文)
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度に自分も連れて行ってくれと頼んだが、一度として外へ出ることは叶わなかった。
少女は部屋に一人でいることが多くなった。食事も自分の部屋でとった。どうせ食卓には誰もいないから。一日中泣いて身の回りの世話をしている人を困らせることもあった。そんな日が数日続くと、使用人は困り果てて父親を呼び戻した。
仕事から戻ってきた父親に、彼女は何も言わなかった。自分の父が大切な相談事を放り出して帰ってきてくれたことはわかっていた。同じように、すぐに戻ってしまうことも知っていた。
父親は日が暮れると使用人に任せて仕事に戻ってしまった。少女はベッドに潜り込んで泣く他なかった。年老いた使用人にとって、幼い少女の機嫌を取るのは容易なことではなかった。
それから数日。疲れて涙も出なくなった朝だった。
少女の元を、知らない女が訪ねてきた。女は少女にそっくりだった。顔の形も髪の色も。着ている服さえ似通っていた。歳だけは違うように思われた。女の方が、少女よりもいくつか年上だった。
女の後ろにいた父親が言った。
「きみのお姉さんだ」
父親は満面の笑みだった。少女の姉だと紹介された女は、父親を真似するように笑った。
自分に姉がいることを、少女は聞かされたことがなかった。本当に姉なのかどうかは、直感的にはわからない。けれどそれは些細なことだった。彼女はいつでも少女と一緒に遊んだ。毎日一緒に食事をとった。父がいなくても、母がいなくても、彼女だけはずっと一緒だった。少女にとっては、それ以外のことはすべて些末なことだった。
その日から、少女には姉ができた。
二人はいつも一緒だった。部屋のベッドを二段に作り替えてもらって同じ部屋で寝た。姉は優しく、少女のことを一度も叱らなかった。
少女よりも年上とはいえまだ子供なのに、姉はなんでも知っていた。少女の知らないことはなんでも教えてくれた。けれど、彼女はただ一つ、自分の名前を知らなかった。彼女のことを「お姉ちゃん」と呼んでいた少女は、そのことをあとになって知った。どうして名前がないのか訊ねても、姉は答えてくれなかった。
「じゃあ、お姉ちゃんの名前は『アサガオ』にしましょう」
少女は姉にそう言った。彼女の大好きな花と同じ名前だった。
姉は庭で大切に育てられた朝顔の花を見て笑った。
「ありがとう」
少女は、そんな姉が大好きだった。
【第三章】
雨が降った。
ナツメがポリスに来て、五日目のことだった。ナツメは宿直室の窓から雨によって霞む景色を眺めていた。雨は朝方降り始め、少なくとも昼過ぎまでは降るようだった。心地の良い土の香りが広がる。雨は遙かな太古から恵みであったが、この時代を降る雨に何が含まれているのか誰も知ることはできなかった。濃度を増した二酸化炭素と、化学物質、それを含んだ埃や砂
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