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予言なんてクソクラエ
第十一章 落ちた偶像
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つと、涙が頬を伝う。それを拭うと、後はとめどなく、嗚咽を堪えきれなかった。己が哀れであった。場末のホテルの一室で死体のものを口に含む自分の姿が哀れだった。
 石井に会おうと決心したのは正しい選択だと思う。石井の言うように自首するのが一番だ。また一から出直すことにしよう。そう思うことによって漸く自分を許す気になれた。石井にホテルから出てくる姿を見られた。その偶然が新たな道を用意してくれたのだ。
 ふと見上げると、かつての憧れの君がラウンジを歩いて近づいてくる。何の屈託もないその笑顔は、自分の門出を祝ってくれているように思え、思わず微笑んだ。
「どうした、随分と急じゃないか。」
立ち上がり、微笑みながら石井を迎えた。ウエイトレスがオーダーを聞き終えて去ると、口を開いた。
「ごめんなさい、前もって電話すればよかったかしら。」
「別に、今日でも一週間前でも同じことさ。僕にとって急なことには違いない。お母さんの具合はどうなの。」
「10日前に亡くなったの。」
「そう、それは、どうも、どうも。本当にご愁傷さまです。」
「少しも苦しまずに眠るように逝ったわ。私も母にあやかりたい。でも、ようやく貴方との約束を果たせるとおもうと気が楽になった。人一人殺しているのですもの。」
「もしよければ事情を詳しく話してくれないか。」
「ええ、いいわ。今はもう何も隠すこともないもの。」
 保科は全てを語った。悟道会教祖と知り合った経緯から、殺人に至るまで。恐ろしい予言についても語り、初めて石井に会った時、石井と二度と会うことはないと思っていたことも。語り終えて、照れくさそうに笑った。
「馬鹿な夢、そう馬鹿な夢を見ていたの。たとえ大災害で死んだとしても、それはそれで仕方がない。でも、こうしてまた会えて良かった。会えなければ・・・私・・・きっと地獄に落ちたかもしれない。」
「地獄なんてあるものか。」
「いいえ、あるわ、私にはわかるの。あの世にも、この世にも、地獄はあるの。それってすごく似ているんだと思う。」
石井は、きっぱりと言う保科の目をじっと見詰めた。その確信に揺るぎはなかった。視線を外し、保科が言った。
「さあ、これでお別れしましょう。この後、千葉の捜査本部へ向かうわ。さあ、握手。」
保科の笑顔には何の屈託もなかった。もじもじしている石井に向かって保科が少女のようにはしゃいだ声で言った。
「何だか、いい年して照れちゃうわね。」
石井は沈んだ声で答えた。
「ああ、ちょっとね。」
保科の不幸な巡りあわせが心を重くしていた。それでも笑顔を作って手を握った。掌は柔らかかった。強く握った。保科はそれに応えた。すっと立ち上がり、背中を向けて歩き出す保科を、石井は見送った。
憧れの東京女が霞の中から現れ、そして靄に消えていった17年前を思い出していた。胸の
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