第三章 悟道会
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「いやん。」
磯田の気味の悪い声が耳に残った。
(二)
一時間後、磯田が食ってかかる。
「嘘言っているんでしょう。」
石井が言い返す。
「いいや、嘘なんかじゃない。あれは僕が見た女とは全く別人ですよ。」
ここは石井のマンションの一室である。二人はあれから何度も繰り返した問答をまた繰り返している。磯田は石井の答えに満足せず、とうとう高田馬場まで付いてきた。遅くなって帰れないというので仕方なく、泊まらせることにしたのだ。
しかし、石井の酒に濁った瞼には、正に保科香子の顔が焼きついていた。ビルから50年配の恰幅のよい上背のある男とともにベンツに乗り込む姿が目に浮かぶ。あれはまさしくホテルから出てきた女そのものだった。磯田の言うとおりだが、嘘をつき通すしかない。
「磯田さん、私はこう見えても元刑事ですよ。見間違うはずはありません。ありえないことです。」
「分かりました。でも、僕は写真を撮りました。これを千葉県警に送ります。それはいいですね。」
「勿論、送ってもかまいませんよ。でも、千葉県警から呼び出しがあっても、僕は別人だと証言せざるを得ない。」
磯田に睨まれたまま、睨み返すまま時が過ぎた。溜息をつくと石井が言った。
「もう、1時を過ぎてます。もう、寝ませんか。」
呂律の回らない舌を転がして、磯田が言う。
「このまま寝られますか。やっと、杉田の化けの皮を剥がせるネタを掴んだというのに、あんたの都合で、何で俺が寝なければならないんだ。えー、冗談じゃねえ。」
「僕」から「俺」になった。かなり酔っている。常に、つんとすました受け答えで、これまで自分のことを「俺」と言ったことはない。また下半身を触ってやろうかと思ったが、気味が悪いのでやめた。
「一体全体、二人の間に何があったんですか?二人は、半年の間、乞食同然の暮らしをしていた。半年ですよ、半年。その間、貴方は相当な憎しみを杉田に抱いた。そうでしょう、今の貴方は、杉田憎しに凝り固まっている。何かあったからでしょう?」
またしても、だんまりが始まった。石井にとって磯田の追及をかわすには、そのだんまりの元を突付くしかなかった。
沈黙は相当長かった。少しの間眠っていたらしく、遠くで磯田の絞り出すような声を聞いた。
「奴は俺の人生を狂わせた。」
寝惚け眼で、額にうっすらと汗を滲ませた磯田の顔を眺めた。
「どんな風に狂わせたんです。」
「人には言えない微妙な問題だ。」
またしても沈黙だ。石井は瞼を閉じてソファに体を横たえた。ふと叔父の言った言葉が甦った。
「奴は痔持ちらしい。手術する前は漏れるんでオシメしてたって話だ。」
薄ぼんやりした意識の片隅に、粗末な小屋の中、磯田が大男に寝込みを襲われ「いやん」という声を漏らし必死で抵抗している姿が浮かんだ。ほんの
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