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愛しのヤクザ
第三章 鯨井組
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の下を濡らす。ちびらないだけましか。

 坊主頭が大声でつっかえながらも、出て行けと言われた状況を皆に説明している。大きく頷く面々。聞き終えると、一斉に憤慨し、相沢ににじり寄る。怒声、罵声の嵐だ。坊主頭は小指のない両手を縦横無尽に振り回す。
 よくみると、指なしは何人もおり、ない方の手をことさら見せるよう心掛けているようだ。相沢の目の前を指のない手が何本も蠢く。例のニヒル野郎は男達の輪から一歩引いて、だんまりを決め込み、腕を組み、相沢を睨みつけている。
 しみじみと見ると、このニヒル野郎は、どこか知的な雰囲気を漂わせている。ジーンズ系でまとめれば芸術家タイプといってもよく、とてもヤクザには見えない。明らかに他の連中とは異なった人生を送ってきたことは確かだ。
 相沢も無駄な努力とは分かっていたが、必死でマニュアルの言葉を思い出しながら対抗したが、相手は、はなから聞く耳など持ち合わせてはいない。終いには、だた押し黙り、神妙そうな顔を発言者に向けていた。不思議なことだが、恐怖をやり過すと妙に冷静になれるものなのである。或いは慣れというやつかもしれない。
 相沢はさっきから皆より頭一つ出ているノッポの若者ヤクザに声援を送っていた。先輩諸氏が次々と怒鳴り散らす中、唇を震わせて出番を待つが、どうしてもタイミングが合わず、言葉を唾と共に飲み込んでいる。それ、今がチャンスだ。相沢の応援もむなしく、またしても坊主頭に出番をとられ舌打ちしている。
 同じような罵声と怒声に辟易した相沢は一瞬の間隙に狙いをすまして大声を張り上げた。
「どうです、コーヒーブレイクにしませんか。そこの喫茶店でコーヒーでもどうぞ」
 そう言うと、相沢は男達の間をすり抜け、どうぞとばかり腰を折って片手を喫茶店の方へ向けた。ニヒル男と坊主頭は互いに顔を見合わせ、自分達が舐められていること、もう少しドスを効かせなければならないことを瞬時に了解しあった。

 他の連中も、互いに顔を見合わせ、首を傾げる者、憤慨する者、コーヒーブレークの意味を隣に聞く者、様々だが、相沢はかまわず先に立って喫茶店に入っていった。
「まあ、どうぞおかけ下さい。ハルさんコーヒー七つ。僕はコーラ。ビンでいいよ。」
ビンならぎゅっと握ればよい。二三本の指でコーヒーカップなど支えられるとは思えなかったのだ。きっと指が震えてコーヒーをぶちまけてしまうだろう。
 ハルさんは喫茶店の元経営者だったが、店が潰れてここにパートで来るようになった。水商売が長いせいか落ち着いていて、はいはいと淡々と準備に入った。すると、ニヒル男が真ん中のテーブルの椅子に腰を落とし、ハルさんに言う。
「コーヒーは二つでいい」
坊主頭もそこに腰掛けたので、相沢もそのテーブルに着いた。五人のヤクザがそのテーブルを取り囲む。
「ちょっと失礼します
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