第五章 因果
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とは分かっているのに、洋子さんも意地悪だ。そしてやぶれかぶれで言ってやったんだ。
「そうよ、そう言いたかったのよ。貴女だって同じ思いでしょう。この土地を売ったお金だって、いつか使い切ってしまう。そしてら、あの時みたいに、また貴女が狙われる。保険はまだ掛かったままよ。だから、そうなる前に、今度こそ、確実に翔ちゃんの息の根を止めるのよ」
洋子さんはゆっくりと首を縦に振った。そして、きっとなって居間の窓から真っ暗な庭先を睨んでいた。窓ガラスに洋子さんの顔が映し出された。その顔が奇妙に歪んだ。笑っているように思えた。
私はあの時の洋子さんの顔が頭から離れない。ぞっとしたのを覚えている。でも、その顔は翔ちゃんも見ているはずよ。そうあの時よ。あの時の顔にそっくり。翔ちゃんの作り話、勝が洋子さん達に誘拐されて死んじゃう話よ。翔ちゃんは洋子さんに聞いたわ。
「お前は知っていたんじゃないか。勝の病気のことも、薬のことも知っていたんじゃないのか」って。洋子さんは、顔を奇妙に歪めて笑った。そして答えた。「ええ、知っていたわ。だから薬を捨てたのよ」ってね。あの時の歪んだ顔がそれよ。復讐心は人の心を鬼に変えるの。
翔ちゃんは復讐に凝り固まって、洋子さんを酷薄な人間として夢の中で思い描いた。でも、私の必死の思いは洋子さんの心の深層に眠っていたそんな一面を引き出したのよ。人間はどんな人間にもなれる。置かれた状況によってどうにでも変わるの。
結局、翔ちゃんは酔っ払った挙句、首都高の壁に激突してくれた。病院で息を引き取った時、私たちは抱き合って泣いた。それまでの緊張が一挙に氷解した安堵感、日常的な暴力から逃れられたという解放感が二人を包んでいた。何とも言えない瞬間だった。
もっとも、私達の涙に誘われて、もらい泣きしている看護婦さんたちには、思わず二人して苦笑いしてしまった。確かに嫁姑が抱き合って号泣しているのを見たら、誰だって涙腺は緩んでしまうものね、まったく笑ってしまったわ。
さてと、世迷言はこれくらいにして、そろそろあの世に向かおうかね。時間も限られていることだし。どっこいしょと。だけど、洋子さん、幸せそうだったな。最後のお別れだから会いに行ってきたけど、彼女、再婚して子供まで出来て。
胸元をみると、翔は安心しきって寝息をたてている。よほど疲れているのだろう。でも、私にとってもあの世は初めて。いったいあの世ってどんな所だろう。父さんはあの世もこの世と大差ないって言っていたけど、ちょっと心配。
そうそう、あの世に行く途中に凄い地獄があるから近づくなとも言っていた。そうは言っても、自分は覗いてきたみたい。私も興味あるから覗いて行こうかしら。この世の見納めに。そう、地獄って、この世の側に在るんですって。この世の地続きみたいな所にぽつりぽつりと。ここもその地獄のひ
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