第五章 因果
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、重大な岐路に立たされていることを意識していた。どのくらいここに縛り付けられていたのか見当もつかないが、お袋の老けようから見て、10年以上経っているような気がする。
じめじめした暗黒の世界、人の夢の中でしか生きられない人生、ここから抜け出さなければならない。藁にもすがる思いで、中条は母親に話しかけた。その声は上ずっていた。
「母さん、俺はどうしたらいいの。俺はずっとここで動かずにいた。誘う奴がいたけど無視して追い返した。だから、俺はここしか知らないんだ」
「心配いらないの。私が連れてってあげるから。昨日、私、死んだって言ったでしょう。そしたら、迎えに来た父さんが、翔ちゃんも連れてこいって、ここを教えてくれたの。だから心配しないで。さあ、涙を拭いて」
中条は母親にしがみついた。その胸に頬を押し付け、子供のように甘えた。
「僕もあっちに行けるの。僕も一緒に連れてってくれるの。お父さんのところへ」
「お父さんと一緒という訳にはいかないの、私たちは」
「何故、何故父さんと一緒じゃないの」
「だって、翔ちゃんは罪を犯したのよ。洋子さんを殺そうとしたでしょう。前科のある人は、無いひととはちょっと違うあの世に行くの」
「も、もしかして、ぼ、僕は地獄にゆくの」
「馬鹿ね、あの世に地獄なんてないわ。翔ちゃんが、今まで居た所が地獄じゃない。地獄は常に人間が作るものなの。翔ちゃんの地獄はまだいい方よ。お父さんが言うにはもっと凄い地獄があるんですって」
「でも、お母さんは、罪を犯した訳じゃないんでしょう。何でお父さんの所に行けないの」
母親は一瞬たじろいだが、気を取り直し答えた。
「だって、翔ちゃんだけじゃ寂しいでしょう。だから私は翔ちゃんと一緒にあの世に行くことにたの。そうよ、もう一度、やり直す時がくるまで、一緒よ、心配しないで」
この言葉を聞いて、中条は赤子のように母親に甘えて抱きついた。中条はほっと安堵のた
め息をつき、胸を撫で下ろした。
この時、私は、あのことだけは、息子に漏らすまいと心に決めた。もし知られれば、あの世へ行ったとしてもそこが地獄と化すのは目に見えている。この世で地獄を味わったのだから、せめてあの世では心安らかに暮らしたい。
翔ちゃんには悪いけど、私は洋子さんにあの家を残すことにした。弁護士の先生に相談して遺言書を書いたの。あの百坪の土地と家は洋子さんが相続することになる。それこそ、洋子さんは吃驚すると思うけど、私はずっとそうしようと思ってきた。
洋子さんは私のことを大事に思い、尽くしてもくれた。翔ちゃんが死んで、家を出ると言い出した時はちょっと寂しかったけど、納得するしかなかった。翔ちゃんの思い出の残る家にはいられなかったのだ。何故なら、翔ちゃんを殺したのは洋子さんなのだから。
洋子さんは追突事故直後、離婚
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