第五章 因果
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違うわ。洋子さんは貴方のお葬式が済むと、家を出たの。厭な思い出ばかりのあの家から逃れたかったんだと思う。葬式は盛大にあげたわ。懐かしい顔ぶれが揃った。上野さん、桜庭さん、そうそう阿刀田さんも来てくれた。阿刀田さん覚えている?」
『忘れるわけがないだろう。あいつにどれだけ金をせびられたと思っているんだ。あいつは俺にとって疫病神だった』
「そんなことないわよ、確かに私が二度ばかり用立てたけど、ちゃんと返してもらったもの。役者では挫折したようだけど、実業家としては立派に成功された。そうそう、お葬式の時に仰っていたけど、阿刀田さんの奥さん、翔ちゃんが阿刀田さんに紹介したんですって?」
『ああ、そうだ。散々遊んで飽きたから、女に縁のない阿刀田先輩にくれてやった』
中条は悔しさで顔を歪めた。るり子と新宿でデートしていた時、阿刀田先輩と偶然出会ってしまった。るり子は阿刀田の文学座の研修生という肩書きにころっと参ってしまったのだ。二人が付き合いだしたと知った時、どれほど阿刀田を憎んだことか。
二人を付け回し、行く先々で嫌がらせをした。ところが、あの日、二人がホテルに消えた後、るり子の名前と電話番号、そして「誰とでも寝ます」と文字を大書きした紙を塀に貼ろうとしていたその時、ホテルの入り口から二人がぬっと現れたのだ。軽蔑しきった二人の視線は、中条のプライドをずたずたにした。
「翔ちゃん、ようやく思い出したようね、なにもかも。昔を思い出して、良い子だった昔を。父さんが早くに亡くなったから、母さんは貴方を甘やかし過ぎた。だから翔ちゃんは、こんな子に育ってしまった。悪いのはみんな私なの」
中条は、老母の顔を盗み見た。暴力に怯える弱弱しい母親の姿はそこにはない。どこか毅然として自信に溢れている。
「翔ちゃんが舞さんと一緒に事故で死んだ後、洋子さんは家を出た。とうとう私は一人ぽっちになった。でも、そうなって初めて分かったの」
中条の目に涙が滲んだ。そうだ、舞も死んだ。お袋の実印を盗み出し、金を手に入れようとした矢先だった。かわいそうな舞、そして俺。しかし、今は、この地獄から抜け出せるチャンスかもしれない。中条には独り善がりとしか思えない母親の言葉は続く。
「結局、全ては自分に返ってくるってこと。甘やかしたことも、翔ちゃんの暴力に屈して言いなりになってしまったことも、借金をして後になってその付けが回ってくるように自分に返ってくるってこと」
母親は遠くを見るような目をして微笑んだ。
「もし、翔ちゃんに我慢するということを教えていたら、翔ちゃんは家庭内暴力に走ることもなかった。それが出来たら、どんなに良かったか。でも、今となっては後の祭りね。全ては私の犯した過ちなの。それがすべて私に返ってきただけ」
母親の言葉は左の耳から右の耳に抜けていった。それより、中条は、今
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