第五章 因果
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どれほどの時間に耐えただろう。じりじりと、歯噛みしながら待った。待つことしか出来ない自分の非力は如何ともしがたく、それを呪ったところで、何の解決にもならないことは分かりきっていた。だからじっとその時間に耐えたのだ。
そして、その時はやってきた。勝が部屋に入ってくるのが分かった。闇の彼方のドアが開かれ、そこに浮かび上がった影は、暗い予感を含み、ただそれに耐えろという前触れのように感じた。だから中条はじっと待った。勝の声を。
「父さん。ご免。今日で、お別れだ」
覚悟はしていたつもりだったが、胸が締め付けられ息ができないほどだ。
『勝、それはどういう訳だ。いったい何があったと言うんだ』
長い沈黙があった。心が張り裂けんばかりに膨張し波打った。それでもじっと待った。
「俺は、母さんを殺してしまった。自分の母親を殺してしまったんだ」
勝の涙声が響いた。衝撃が中条の体を走った。微かに光が射し始めていた薄闇の世界が再びどす黒い暗闇に戻ってゆく。その時、どこからともなく、あのうめき声が響いたのだ。
『なんということだ。前世では洋子が勝を殺し、今生では勝が洋子を殺した』
その声に驚いて、中条は見えもしないのにきょろきょろと辺りを窺った。しかし、この声の主の気配はない。勝が話し始めた。中条は不気味な声に動揺しながらも、勝の声に耳を傾けた。
「親父、信じられないことだけど、俺は親父の子供じゃなかった。俺は信じたくなかった。でもそれはどうしようもない事実なんだ」
頭が混乱していた。いったいお前は何を言っているんだ。お前は俺の子供だ。それは間違いのない事実だ。そんなことあり得ない。
「違うんだ、親父。ふと疑問を抱いてDNA検査をした。そして真実を知った。だから、今日、問い詰めた。そしたらお袋はこう言った。『勝は、あの有名な阿刀田さんの子供なの、だから演劇の世界での貴方の将来は約束されているのよ』って」
中条は叫んだ。
『馬鹿なことを、なんて馬鹿なことを』
「そうだ、まったく馬鹿げている。俺はお袋に言ってやった。俺はそんな薄汚いコネクションを利用して世にでようなんて思ってもいない、と。お袋は俺を見くびっていた。だから俺はあんたとは違うと言ってやったんだ」
『たとえ、洋子がそんなことを言ったとしても、どんなに洋子が卑劣な人間であったとしても、殺すなんて。お前の人生、これからどうなる。そのことを考えたのか』
「勿論考えたさ。でも、俺は親父が大好きだった。だから、だから、思わず、首を絞めた。お袋は、戸惑いと驚愕の目で俺を見た。俺は親父の顔を思い浮かべた。だから、だからこそ、指先に力を込め続けたんだ」
勝のむせび泣く声が響く。狂おしいほどの無念さが胸を掻きむし毟り、煮えたぎるような憎悪が心に渦巻いた。もはや、互いに意思疎通している不自然さなど気にならない
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