第四章 目覚め
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拝見しております。主人と違い阿刀田先輩は初心を貫徹なさって、演劇の道を邁進なさった。本当に立派で…」
中条が、横目で窺うと、洋子の顔が上気しているのが分かった。中条が話しを引き取った。
「おい、おい、俺が日和ったのは、お前との結婚のこともあったんだ。お前だって、ちゃんとした所に勤めてくれって言ってたじゃないか。忘れたのか?」
「忘れてなんかいないわ。でも、貴方に才能があるとは思えなかったから、貴方のためにそう言ってあげたの。一生、陽の目を見なかったら、貴方が可哀想じゃない。当時の阿刀田先輩には、やはり光るものがあったのよ」
阿刀田が笑いながら答えた。
「おいおい、そんなに俺を持ち上げるなよ。たまたま、たまたまなんだ。おれより才能のある奴が、埋もれて消えてゆくのを何度も見ている。それはそうと、中条夫妻は、美男美女の取り合わせだ、きっと可愛いお子さんだろうな」
洋子が答えようとするのを、桜庭が強引に割って入った。
「阿刀田先生。ご招待頂きまして、本当に感謝しております。今度、うちの企画にも、是非乗って頂きたいと思っておりますて、…。あつかましいとは思いましたが、企画書を先生のプロダクションの方に提出しております」
「おい、おい、先輩後輩の間柄で先生はないだろう。それはそうと、その企画書には目を通した。今度、僕の意見も聞いてもらおうと思っている」
「ありがとうございます」
桜庭は90度以上、腰を曲げてお辞儀した。
その日以来、洋子は阿刀田の熱烈なファンになり、舞台は必ず見に行くようになった。最初のうちは夫婦連れ立って見に行っていたのだが、中条は次第に足が遠のいた。そうそう舞台を見に行くほど暇ではなかったからだ。
最初のうちはそれほど気にしなかった。いくら物好きな阿刀田でも、中年の子持ち女に手を出すとも思えなかったし、ホモの噂もあったからだ。しかし、洋子の外出の頻度が増し、次第に帰りが遅くなると、不安が頭をもたげ始めた。
まして、勝の中学受験にあれほど熱中していたのが、嘘のようにその熱が冷め、自ら着飾ることに執念を燃やしているように思えた。とはいえ、残業も多く妻の後を付いて回る
わけにもいかず、中条は次第に疑惑と焦燥に苛まれていた。
しかし、最初の発作、そしてそれに続くリハビリを通して、洋子の献身と誠意には心を打たれた。洋子の本質、その優しさに触れたように思った。不幸な出来事が、逆に中条の疑惑に終止符を打つという結果をもたらしたのだ。洋子に対する愛おしさが膨れ上がった。
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