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夢盗奴
第四章 目覚め
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見て、一瞬、中条の脳裏に前世の過酷な結末が思い浮んだ。中条の足はぱたりと止まった。若者が唐突に声を掛けてきた。
「僕に、何か?」
中条は、荒い息を整えながら言葉を選んだ。
「君は、喫茶店で、彼女と待ち合わせしているんだろう」
「ええ、お爺さんは、彼女を知っているんですか」
中条は一瞬迷ったが、思い切って前世とは別の道を選ぶことにした。
「いいや、知らない。ただ、さっき、君と彼女が喫茶店で話しているのをたまたま見たんだ。彼女は、昔別れた女房にそっくりだった。その女房には随分と酷い仕打ちをしてしまってね。もしかしたら、彼女はその人の縁者じゃないかと思ったんだ。さしつかえなければ、彼女の名前を教えてもらえないか?」
「樋口洋子です」
中条は首を傾げ、ふーんと唸っただけだ。若者はすぐにでも立ち去りたい素振りで中条を見ている。中条は若い自分に一言だけ言葉をかけた。
「彼女を大事にしなさい」
一瞬怪訝な表情をしたが、解放される安堵感の方が勝ったのだろう、笑顔を浮かべて若者は通りに向って歩き出した。中条はその後姿をじっと見詰めた。
前生では、自分であるあの老人の言葉に洋子のイメージが大きく傷付けられた。その傷つけられたイメージは大きく膨らむことはなかったが、人生のどの局面においても脳裏にふわっと浮かんできた。
 それがために洋子と別れる道筋を自ら作っていってしまったのだ。洋子とは結ばれるべきだった。そうすれば、あんな悲劇を招くことはなかった。勝という愛する者を失い、自暴自棄に陥って人生を狂わせた。前世ではその憎しみのあまり洋子を殺してしまった。
 考えてみれば、洋子の自殺未遂も、中条を失うという恐れに端を発していたのかもしれない。人は誰しも愛する人を失えば自暴自棄に陥る。洋子は中条を心から愛していた。だから自殺を試みたのだ。そして、相手を憎む気持ちを極端に増幅させたことが道を大きく誤らせる結果を招いた。
 まして、前世では12年ぶりの再会で、洋子が最初に言った言葉が中条を困惑させた。「この嘘吐き。やっぱりあの女と結婚したんじゃない」
洋子はずっと中条を憎み、そして愛していたのだ。やはり洋子を許すべきだ。中条は先ほど過去の自分に投げかけた言葉を反芻した。
「彼女を大事にしなさい」
 その言葉は中条の胸に心地よく響いた。そうだ、これで良かったのだ。中条は目を閉じ勝が再び生まれてくることを願った。中条の分身である勝が、今度は洋子を介してこの世に生をうける。これも一つの道かもしれない。そう思った。

 意識が遠のいた。地面がぐるりと回り、空も回った。砂利が頬を傷つける。確かアスファルトで舗装されていたはずだ。薄目を開けて地面を見ると、砂利道がすっとアスファルトに変わった。大通りから人が歩みよってくる。その足取りが速くなった。
 しばらく気を
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