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夢盗奴
第一章 出合
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ふさがった。
 老人は、目に涙を浮かべ、何かを訴えようとしている。一瞬、何が言いたいのか興味を惹かれたが、すぐに待ちわびている洋子の顔を思い浮かべ、適当にあしらうことにした。
「おじいちゃん、申し訳無いけど、今、急いでいるんだ」
 老人は大きく口を開き、ぱくぱくと唇を動かした。言いたいことが山とあるのに、なかなか言葉が出てこないといった案配だ。笑いをかみ殺していると、老人の口からようやく言葉が吐いて出た。
「洋子とは別れるんだ。今すぐに。今なら間に合う」
 きょとんとして中条は尋ねた。
「おじいちゃん、洋子のこと知っているの?」
 老人の唇はわなわなと震え、そこに唾液の泡を浮かべている。中条は困惑したまま老人の顔を見詰めた。その時、老人が叫んだ。
「知り合いなんてもんじゃない。いいか、よく聞け。俺は25年後のお前なんだ。そしてお前である俺は洋子を殺した。お前は人殺しになりたいのか」
 中条はすぐに悟った。狂人だ。何処かで中条と洋子のやり取りを聞いて、洋子の名前を知ったに違いない。にやにやしながら中条は老人の横を擦り抜けると走りだした。しばらく行って振り向くと、
「分かったよ、おじいちゃん。ご忠告有難う。それじゃあね」
 と哀れな老人に言葉を掛けた。踵を返し小走りに立ち去る中条の耳に、老人にしては若い野太い声が響いた。
「洋子は性悪女だ。根っからの性悪女なんだ」

 洋子との出会いは正に偶然が与えてくれた賜物と言ってよい。中条は大学の演劇部で演出を手がけていたが、公演の一月前に主役が下らない理由で降りてしまったのだ。主催者である中条達は焦って、急ぎ一般公募のオーディションを行った。
 そこに現れたのが洋子だった。審査委員全員で洋子を選んだ。もしかしたら、その時、全員が洋子に惚れたのかもしれない。洋子は純日本的な美人タイプだが、そのスタイルは白人のそれだったし、皆、その豊かな胸に視線を奪われたのも事実だ。
 その洋子の心を最初に捕らえたのが、演出を手がける中条だったのは、或は役得ともいえるが、中条もなかなか魅力的な男であることは誰もが認めるだろう。二人は急接近し愛し合うようになった。そんななか、中条はあの老人と出くわしたのだ。
 喫茶店に戻ると、洋子は唇をとがらせている。
「随分待たせたじゃない、すぐ戻るって言ったのに」
「ご免、ご免、ちょっとそこで友達に会って話しこんじゃったんだ」
 中条は頭を掻いて、ちらりと洋子の顔を覗った。老人の言った「性悪女・洋子を殺す」と
 いう言葉を思い出したのだ。きらきら光る瞳が悪戯っぽく動く。見詰められるとその瞳に吸い込まれそうになる。中条は、微笑みを返した途端、老人の言葉を忘れた。

 中条は大学を卒業すると大手自動車メーカーに勤めた。卒業間際まで、演劇の道を模索していたのだが、そ
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