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王道を走れば:幻想にて
第四章、その8の1:示す道
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胸を膨らませて白の峰を指差した。

「兵は神速を貴ぶという。私達もそれに倣い、他者をあっといわせる程の速さで進もうではないか!」
「あいよ。ったく、寒いのは苦手なんだけどなぁ・・・」

 ぶつくさと文句を垂れながらも馬の脚は遅れたりはしない。不意に、山肌のどこかからか甲高い遠吠えが聞こえてきた。まるで獲物を仕留めた時に発する、獣の歓喜の声とも思えるものであった。いざとなったらチェスターを見捨てて自分だけでも助かろうと、アダンは心に決めて山を睨みつけた。


ーーーーーーーーーー

 薄暗い一室の中で、その老人は鼻歌を口ずさんでいた。一音一音が仰々しくも幸福感に満ちた旋律である。それは常ならば結婚式などに奏でられる歌であり、老人が篭っているような饐えた血の臭いが立ち込める場所には全くもって不釣り合いな歌であった。
 皺が走る指先で巧みにメスを操り、机に乗せられた被験体を素早く、そして正確に切っていく。机の傍には禍々しい器具を乗せた台や血塗られたベッドなどが置かれており、壁には磔となった幾つもの醜い肉体が飾られていた。何れも人間の男女であり、20歳から40歳まで彩みどりであった。実験は凄惨さを極めたのだろう、無事な部分が無い程に躰は損壊して傷が走っており、まともなものが見れば強烈な嘔吐の気に襲われる事であろう。

「ふんふんふん・・・ふんふんふん・・・」

 鳩のような顔つきを歪ませて老人、マティウス・コープスは先の魔術学会において獲得した二つの幸福を味わっていた。
 先ずその一つは、自らの優越心を満たせた事である。学会で召喚魔法を媒介とした不老不死に関する発表を行い、彼は一つの大きな手応えを感じたのだ。この紅牙大陸において自らに勝るような召喚魔法の使い手は存在しないと。その証拠に発表を終えた彼の下には多くの識者らが集まり、彼の知の恩恵を得たい、知識を搾取したいとばかりに媚を売ってきたのだ。中には帝国随一とまで称されていた召喚魔術の使い手すら居た始末。無論真に大事な事までを漏らすほどマティウスは浅い人間ではない。のらりくらりと深い意味を持っているように聞こえる言葉を言い続けて識者らを感心させ、自らの優越性を確かめるだけに留めた。これがまず第一の幸福である。
 二つ目の幸福とは、彼直属の弟子を得た事であった。発表の後に十数名の熱烈な信奉者がマティウスの下に集い、わが身を捧げると誓ったのである。他人を使い捨ての駒程度にしか考えぬマティウスであったが、しかし相手が魔術士だらけであるとなると考えを柔軟にしたくなる。相対的に魔術的資質の乏しいものは実験台として使用し、資質のある者は秘薬と称した毒薬を飲ませて殺害し、『蘇生』・『意識支配』の魔術を用いて復活させて己に従順な傀儡とする事にしたのである。鬼畜外道の所業であるが、良心の呵責を捨てね
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