第五章 妻の自殺
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たのは確かに忘れていた。しかし、泉美を絶対に殺してはいないのだ。
それには自信があった。
「絶対に俺は殺してはいない。あの日、部屋に戻ったんだ。戻って泉美の高鼾を聞いて首
を絞めて殺したくなった。でも、出来なかったんだ。俺はその日、しかたなく泉美の横で
寝た。それは確かだ」
「じゃあ、あの日、涙ながらに言ったことは何だったの。君のために妻を殺した。頼むか
らずっと一緒だったと証言してくれって私に懇願したわ。私は厭だった。でも、貴方が可
哀想だから、しかたなく警察で嘘の証言をしたのよ。でも、警察はやっぱり疑っていた。
私はどうしたらいいの。私は嘘の証言なんて厭だって言ったのに……」
そう言って泣き崩れた。
桜庭はいよいよ混乱してきた。現実と夢との境をさ迷っているようで、気が狂いそう
だった。まして、首になったことを失念していたこともあり、不安で胸が締め付けられた。
ざわざわとという不安が体中を駆け巡った。
その夜、桜庭はベッドに入ると、記憶に残る矢上のあの時の顔を思い浮かべた。薄い
唇の動きまで鮮明に覚えている。だが、鮮明な割りに実感が伴わないのだが、確かな記憶
として脳裏にこびりついている。どう考えても首になったことは事実としか思えない。
しかし、何かが違う。そんな気がしてならなかった。それに不思議なことがもうひと
つある。それは眠気がないのである。いつもなら、食後すぐに睡魔が襲ってきた。今日は
食事を吐いたから、そうならないのかもしれない。
しかし、待てよと思った。もし吐かなければ、香子の言った泉美を殺したという記憶
も矢上の記憶同様鮮明に思い出したのではないのか。その時、突然、泉美の言っていた言
葉が甦った。「翔ちゃんが、言っていたの。寝ている時に、奥さんが耳元で囁いているよ
うな気がするって」
まして、「自殺するだ」という台詞は、担当刑事が桜庭に耳打ちし、自殺の線が濃厚だ
と密かに教えてくれた。まして、この件はマスコミには報道されなかった。しかし、香子
がその台詞を知っていたということは、屋上に駆け上がってきた泉美が「自殺するだって、
ふざけんじゃない」と叫んだのを直接聞いたのだ。つまり香子が泉美を殺したのだ。
ふと、廊下が軋む音が聞こえた。電気スタンドの灯りを消して、布団をかぶった。布
団に少し隙間を開け、ドアの方を窺がった。ノブが回され、ドアが僅かに開かれた。窓か
ら射し込む月明かりが詩織の目を赤く照らし出した。外でしわがれた老婆のような声がす
る。
「寝ているかい」
詩織は大きく頷いた。詩織の頭越しに香織と香子の赤い目がドアの隙間から覗いた。桜庭
は恐怖に打ち震えながらも勇気を振り絞り、大きな咳をした。ドアはすっと閉められた。
桜庭は一睡もしないで朝を待った。そし
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