暁 〜小説投稿サイト〜
怨時空
第五章 妻の自殺
[3/6]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話

のよ。お願い、正気に戻って」
香織が泣きながら言った。
「あんたは、もう一年も会社に行ってないわ。そうやって暴れては暴力を振るう。最低よ。
最低だわ」
桜庭は頭が混乱してきた。ふと、上司の姿が思い浮かんだ。かつての部長の席を争った矢
上だ。矢上が冷徹な視線を向けて言い放った。
「競争相手にお客を奪われたんだぞ。大事なクライアントが、うちの会社を出入り禁止と
言ってきた。ミーティングを何度もすっぽかしたそうじゃないか。若い女房に夢中になり
やがって。責任を取れ、首だ。もう明日から出て来なくていい」
桜庭は会社を首になったのだ。すっかり忘れていた。次第に詳細に思い出していった。香
子が子供達に言った。
「さあ、もう遅いから寝なさい。明日早いんでしょう」
香織は心配そうに何度も振りかえり、詩織はしゃくりあげながら階段を上がっていった。
しばらくして二階でドアが閉まる音がした。それを待っていたかのように、香子は重い口
を開いた。
「今日、警察が来たわ。あなたのアリバイを疑っているみたい」
驚いて桜庭が聞いた。
「おい、おい、何を言っているんだ。いったい何のアリバイだって言うんだ」
「あなたがマンションの屋上で奥さんを殺して突き落とした時のアリバイよ。」
「馬鹿な、俺は泉美を殺してはいない。お前は何を言っているんだ。泉美は自殺したんだ」
「どうして、そんなこと言うの。あの日、上野さんと別れて、貴方はもう一度屋上に行っ
た。そして携帯で奥さんを屋上に呼び出した。奥さんは驚いて、『自殺するだって。ふざ
けんじゃない』って叫んで屋上まで上がって来た。そして、あなたは、奥さんを屋上から
突き落としたのよ」
「嘘だ。俺はそんなことしてない。それに、泉美が自殺したのは、上野が殺しそびれた時
よりずっと後だ。一ヶ月も後のことだ」
そう叫んで、ふと或ることに気付いた。そして、ぎょとなって香子を見詰めた。泉美の
「自殺するだ」という言葉は「自殺するだって、ふざけんじゃない」の前半だけの聞き違
いだったとすれば納得がゆく。しかし、何故それを香子は知っているのだ。
「香子、何故、泉美が叫んだというその台詞を知っているんだ。本当は『自殺するだ』じ
ゃなくて『自殺するだって』と言っていたんだ。近所の奥さんはそれを『自殺するだ』と
聞き違えた。そのことを、何故、お前は知っている?俺だって今始めて知った」
「何故って、泉美さんがあなたにそう言ったからじゃない。それを、貴方が私に喋ったか
らよ。いい、貴方は私に、上野さんのことも、何もかも話したわ。真夜中にやってきて、
涙ながらにアリバイ工作を懇願した。あの日のことを忘れたの」
 桜庭は気が狂いそうになった。香子の話はいくらなんでも自分の記憶とは違う。矢上
から首を宣告され
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ