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怨時空
第五章 妻の自殺
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に何か言われて
いるのか。僕と喋っては駄目だとかなんとか」
詩織は黙っていた。母親の顔を盗み見ている。そして、困惑したようにべそをかいた。城
島が声をかけた。
「いいんだ、詩織ちゃん。いいんだよ。答えたくないのなら、いいんだ」
桜庭がこう言うと、詩織はスプーンを置き、
「もう食べたくない。私、部屋に行って寝る。おやすみなさい」
と言うと、小さな体を左右に振りながら、階段を上っていった。

 或る日、食事中に胸が苦しくなって、食卓から立ちあがり、洗面所に急いだ。洗面台
の1歩手前で胃の中のものを一挙に吐き出した。急いで蛇口をひねって水を含むと、更に
げーげーと胃液を吐いた。真っ赤な血がそれに混じり、異臭が鼻をつく。
 大きく息をしながら目の前の鏡に見入った。浮腫んだ醜い顔がそこにある。ふと、視
線を鏡に映る自分の顔の背後へ向け、思わずぞっとした。何時の間に二階から降りてきた
のか、香織が居間のドアを少し開け、嫌悪に満ちた視線を投げかけていた。
 その香織の上に香子の顔が現れた。憎憎しげに桜庭の様子を窺がっている。桜庭はよ
うやく分かりかけてきた。食事に毒を入れているのだ。怒りがむらむらと沸き起こるが、
気力が伴わない。それでも、きっとなって振りかえった。ドアがばたんと閉められた。
 中条みたいに殺られてたまるか、と、そう思った瞬間、桜庭の怒りが急激に膨れ上が
った。そうだ、中条もこんな風にして狂気へと追い込まれていったのだ。気力を振り絞っ
た。このままでは駄目になる、いや、殺されてしまう。
 桜庭は、居間のドアを乱暴に開け放った。香子は二人の子供を守るように抱きかかえ
ていた。桜庭は有無を言わさず殴りつけた。香子は倒れ込み、香織は母を庇うような姿勢
で抱き付き、詩織は傍らで火の点いたように泣き出した。
桜庭が怒鳴った。
「俺に毒をもっただろう。ずっと何年にもわたって、毒を食わせていたんだ、分かってい
るんだ」
香子も負けじと叫んだ。
「馬鹿なことを言わないで。あなた正気に戻って」
「正気だと、ふざけるな。どう考えてもおかしい。体調は悪くなる一方だ。毒を盛られた
としか思えない」
「あなた。頼むから落ち着いて。会社を首になって悔しいのは分かる。でも、あたし達に
当るのは、もう止めて。子供に暴力を振るうのはもう止めて。この家はまるで地獄よ。あ
なたが作り出した地獄よ」
唖然として香子の言葉を聞いていた。最初意味が分からなかった。
「会社を首になっただって。冗談じゃない。昨日だって一昨日だって会社に行っている。
もうすぐ部長になる」
「もう、いい加減に現実を見詰めて。部長には矢上さんがなったわ。そして貴方は首にな
ったの。あなたのショックは分かる。でも現実を認めて、これからのことを考えればい
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