暁 〜小説投稿サイト〜
怨時空
第四章 決意
[1/7]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話
 泉美が不法侵入で警察に逮捕されたことは、桜庭にとって離婚を有利に運ぶのには好
都合に思えた。まして凶器を持っていたとすれば、うまくいけば殺人未遂になるのではな
いかなどと、桜庭は素人判断を口にしたりした。
 しかし二人の甘い期待は裏切られた。泉美が手に持っていたのは凶器ではなく、携帯
電話だったのだ。桜庭の携帯に電話し、壁に耳をあて、その呼び出し音を聞こうとしてい
たらしい。遠目でみれば広げた携帯はナイフに見えないことはない。
 桜庭は香子の親戚を名乗って警察に電話したのだが、その事実を知った時、桜庭はが
っくりとうな垂れた。もし、凶器さえ持っていれば、離婚に向けて一歩近付く、そう思っ
ていたのだ。その晩、桜庭は家に帰ると、泉美を怒鳴りつけた。
「貴様、いったい何を考えているんだ。恥ずかしいとは思わないのか。人の家に不法侵入
して警察に逮捕されるなんて、何て馬鹿なことをしでかしたんだ」
泉美も負けてはいない。声を押し殺してはいるが、怒りの度合いが数段上だ。
「あの女と別れたなんて嘘だわ。私には分かっているのよ。昨日だって、あの家の中にい
たんでしょう。えっ、どうなの、あの中にいたんでしょう」
確かに、泉美が連行された後に、あの家に入ったのだが、その前は銀座にいたのだ。
「馬鹿言え、俺は銀座で接待していたんだ。あの山口先輩を接待していた」
「嘘よ。それなら、何で警察に引き取りに来てくれなかったのよ。とうとう連絡がとれな
かったって警察の人が言っていたわ」
「しかたないだろう。山口先輩が3軒目に行きたがった。接待相手を置いて帰ることなん
て出来ない。接待が終わったのは午前3時だ。しかたないから、会社で寝たんだ」
泉美が押し黙った。大きく肩で息をしている。桜庭もこれ以上何を言っても無駄であるこ
とは分かっていた。泉美は心のバランスを崩していた。桜庭に対する執着は尋常ではない。
あの晩、泉美の誘いに乗ったのは間違いだった。眠った子をおこしたようなものだ。泉美
がぽつりと呟いた。
「絶対に離婚なんてしてあげない」
桜庭は深い溜息で応えた。泉美が桜庭を睨みすえ、唸るように言った。
「あんなお屋敷に住んで、美人で、あんたが飛びついた理由が分かり過ぎるから、絶対に
離婚なんてしてやらない。もっと醜くなって、あんたの奥さんでい続けてやる」
桜庭がかっとなって立ちあがった。殴ってやろうかと思い泉美を見下ろした。肉が歪んで、
顔が変形していた。一見したところ、泣きそうなのか、怒っているのか、判然としなかっ
た。しかし、笑っていると知って、桜庭はぞっとしたのだ。悪意に満ちた目は明らかに笑
っていたのである。

 それからというもの、香子の家に無言電話が日に何回とかかるようになり、注文して
いないピザや寿司が届き、
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ