第四章 決意
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れでいい。兎に角、もう一度、計画を練り直さなけ
ればならない」
緊張の糸がぷつんと切れるとともに、落胆は桜庭の思考力をねこぞぎ奪ってしまったらし
く、何の考えも浮かばない。そして次に続く上野の一言は、桜庭に計画の頓挫を思い知ら
すことになる。その言葉とはこうである。
「俺は、やることはやった。だから、もうご免だ。もし別の計画をたてるのだったら、別
の男を捜せ。兎に角、俺は、やることをやって、お前との約束は果たしたんだ」
マンションの部屋に戻ると、泉美の壮大な鼾が天井を揺るがしていた。
翌朝、桜庭は何事もなかったように新聞を読み、トーストを齧る。泉美が淹れてくれ
たコーヒーを一口飲み、
「おい、濃すぎるぞ。苦くて飲めねえよ」
と言って、いつもの重苦しい沈黙を振り払い、会話のきっかけを作った。
「私は濃い目が好きなの。苦いと思うなら、少しお湯で割ればいいでしょう」
「それより、お前は冷たいな。俺は本当に自殺するっきゃないと思っていたんだぞ。屋上
の手すりを越えて、何度も春日通りにジャンプしかけたんだ」
「あんたが自殺するだって?冗談言っているんじゃないわよ。あんたはどんなに間違って
も自殺するような男じゃないわ。それより、いつから行くの、福岡へ。私、先に行って良
い物件を探そうと思っているの」
「おい、お前、本気なのか。冗談じゃねえぞ。福岡支社に行くくらいなら、俺は会社を辞
める。だってそうだろう。あそこは言ってみれば姥捨て山なんだ」
うだうだと言葉を発しながら、桜庭は、福岡支社左遷という嘘をどう収めるか考えていた。
泉美が自殺したのは頓挫したあの殺人計画から一月ほど経ってからだ。マンションの
屋上から飛び降りたのである。帰宅の遅い夫に苛立って、発作的に屋上に駆け上ったらし
い。階段で擦れ違った隣の主婦が、「自殺するだ」と口走ったのを聞いている。
桜庭は、その日は、深夜まで山口を接待した後、タクシーで香子の家に行って泊まっ
た。そして、翌日、帰宅して泉美の死を知ったのである。警察で遺体と対面した。顔が潰
れてぐしゃぐしゃだった。主婦の証言から、自殺しか考えられず、取調べもなかった。
しかし、どう考えても納得出来ない事実が二つあった。一つは、泉美が言ったという
「自殺するだ」という言葉である。泉美は出身こそ宮城県だが、東京の暮らしの方が長く、
そんな方言のきつい言葉を吐くとは思えないということである。或いは、かっとして思わ
ず出てしまったとも考えられるが、多少疑問が残る。
今一つは、泉美の自殺そのものだ。桜庭は、その性格を知り抜いていた。他人を責め
ても決して自らを責めたり省みることのない女。絶望より先に、その原因がたとえ自分に
あったとしても、そのきっかけを作った人間に怒りを爆発
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