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怨時空
第四章 決意
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いる。泉美に対する憎悪がむくむくと膨らんでゆく。

 その日から、桜庭の心に殺意が芽生えた。仕事中にも、桜庭の心に住み着いた悪魔が
囁く。そうだ、殺してしまおう。それが一番だ。しかし、完全犯罪でなければならない。
警察に捕まって、刑務所暮らしなんてまっぴらだ。香子だって愛想尽かすだろう。
 泉美の横に座っていても、その囁きは聞こえる。とにかくアリバイだ。それを何とか
しなくては。まして香子に俺が殺したと疑わせるのも、今後の幸せな家庭生活の障害にな
る。香子をアリバイ工作に使うなんてもってのほかだ。では、どうする? 
 犯罪の臭いのしない事故死が理想的だ。まてよ、などとあれこれ思いを巡らせ、そし
て最終的に思いついたのが自殺にみせかけた殺人だった。考えに考え抜いたのだ。
「何、考え事しているのよ」
泉美の声に驚いて、桜庭は我に返った。その日は、いつものように遅く帰ったのだが、め
ずらしく泉美は起きていた。桜庭は素面で寝室に入る気がせず、ソファーに腰掛けウイス
キーを飲んでいた。その横で、泉美はピーナツを口に放り込みながら、テレビを見ていた
のだ。
「いいや、何も考えてはいない。ただ、ぼーっとしていただけだ」
泉美がにやにやしながら言った。
「この女、死んでくれねえかな、なんて思っていたんじゃない。どお、図星でしょ。ねえ、
いっそ殺したら。包丁持って来てやろうか、台所から」
「馬鹿なことを言うんじゃない。俺を犯罪者にしたいのか、お前は」
憎悪と怒りが頭の中で渦巻いているが、そんなことおくびにも出さず答えた。殺意を気付
かれては完全犯罪なんて出来るはずもない。桜庭は立ち上がりながら、言った。
「少し夜風にでも当たって酔いを醒ましてくる。先に休んでいなさい」
泉美のこめかみに血管が浮く。
「あんたに言われなくても寝るわよ。ふん」
あれを期待して起きていたのは確かだ。桜庭は、だぶついた肉を揺すりながら歩いてゆく
後姿を眺め、背筋に悪寒が走った。ドアを閉めるバタンという音が二人の居た空間を引き
裂いた。

 15階建てのマンションの屋上から下を眺めた。深夜だというのに、春日通りはヘッ
ドライトの流れが川のように暗闇に帯をなす。交通量はまずまずだ。ドライバーは、誰か
が歩道に落ちてくれば、気付かないはずはない。
 問題は泉美を屋上に何と言って呼び出すかだ。「おい、屋上に来て見ろ。星が綺麗だぞ
」なんて言おうものなら、すぐさま見抜かれて「私をそこから突き落とすつもりなの」な
どと厭味を言われかねない。まあ、それはいい。それより、問題は上野のことだ。
 既に上野と接触し、泉美殺害の手はずは整えてある。上野は大学の演劇部の後輩で、
資産家の一人息子だったが、バブル期に不動産に手を出し、今は零落している。問題
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