第三章 暗い過去
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たのは少女がその言葉を本気にしたことだ。恐怖に顔
を引き攣らせ、少女が叫び声をあげた。
「誰か助けて、人殺しー、人殺しー。誰かー 」
桜庭が慌ててベッドから飛び降り、少女の口を両手で塞ぐ。少女は激しく首を左右に振る。
体全体で抵抗を試みる。両拳で二人の顔を、胸を打ち、爪を立てて肌を裂く、脚は覆いか
ぶさる中条の後頭部蹴る。口を塞いだ手がずれて、「人殺しー」と叫び声が漏れた。二人
の目と目が合う。二人の手は知らず知らず力が入っていった。
少女は死んだ。ぐったりと身動きしない遺体を前に、二人は途方に暮れた。沈黙を破
って中条がうめくように言った。
「自首しよう。それしかない」
桜庭は黙っていた。これまでの苦労を思い出していたのだ。受験戦争に勝ち抜いてきた。
厳しい就職戦線も何とかクリアした。その苦労がすべて水の泡になってしまう。そんなこ
となど考えられない。桜庭が答えた。
「今までの苦労をふいにしろって言うのか。俺達とは縁もゆかりもない犯罪者と同じ牢獄
に入れって言うのか。俺は厭だ。俺はそんな奴等と一緒になるなんて絶対に厭だ」
「だってしょうがないだろう。俺達は犯罪を犯してしまったんだ」
「捨てよう。死体を捨てるんだ。幸い彼女をホテルで見た人間はいない。俺達が彼女を殺
害したなんて誰も想像だにしないだろう。ここから少し距離はあるが、自殺の名所となっ
ている崖がある。その崖の上から海に放り込むんだ」
そう言って、中条を睨んだ。中条は目の玉をぎょろぎょろとさせ、うろたえた。桜庭が声
を押し殺して言った。
「ここが正念場だ。ここで決断を誤れば、俺達の人生は台無しだ。冷静になれ、冷静にな
るんだ。誰も見ていないって」
中条はめそめそと泣き出した。深くため息をつき、桜庭が諭すように言った。
「中条、お袋さんのコネでようやく就職が決まったんだろう。お母さんも、喜んで泣いて
いたって言ってたじゃないか。女手一つで大学まで出してくれた、お母さんのことも少し
は考えろ」
そして、桜庭は低いドスの効いた声で言った。
「たとえ崖から落しても、遺体があがれば、その首の痣で、自殺でないことはばれてしま
う。万が一、捕まっても、いや、こんなことはありえないけど、お前が殺したなんて、絶
対に、口が裂けても、言わない」
中条はうな垂れ、涙ぐんだ。桜庭は、この一言によって、負うべき全責任が中条にあるこ
と認識させた。自分のしたことを思いだし、中条は泣き崩れた。そして助けを求めた。
「桜庭君。俺は殺すつもりなどなかった。気がついたら首を絞めていた。まさか、まさか、
死ぬなんて。あれは事故だった」
泣き崩れる中条の様子を見て、桜庭はようやく胸を撫で下ろした。
少女の死体はレンタカーのトランクに隠した。そして、その夜、2時
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