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怨時空
第二章 疑惑
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人だった。太った淑女が好きで、本当に私を愛してくれた。私の全てを受け入れて
くれた。私もあの人を愛したわ」
二人が絡み合う姿を想像し、桜庭はぞっとした。そんなことなどおくびにも出さず、懐か
しむように言った。
「本当に、あいつは良い奴だった。大学では一番気が合った」
「本当に良い人だったわ。それを、あの女房が殺したんだ。保険金目当てにね」
桜庭は、はっとして泉美を見詰めた。近藤と同じことを言っている。動悸が高鳴った。息
せき切って聞いた。
「女房が殺したって、どういう意味だ。お前にも言ったはずだ。あいつは、俺の見ている
前で、窓から飛び降りたんだぞ。香……」
慌てて言い直した。
「奥さんが殺したわけじゃあない。自殺したんだ。俺はそれをこの目で見ていたんだ」
泉美は首を左右に振って、口を開いた。
「中条が言ってたけど、あの女は自分の思い通りに人を動かすことが出来るんですって」
「そんな馬鹿な。そんなこと出来るわけがない」
桜庭は中条の死に行く姿を思い浮かべた。彼は床を這うように窓の所まで行った。そして
右足を開け放たれた窓にかけた。そしてからだ全体を持ち上げて飛び降りた。
 しかし、どの動作を思い出しても、どこかぎこちないのである。どうぎこちないかを
説明するのは難しい。ふと見ると、泉美がどこから出してきたのかピーナッツを次々と口
に放り込んでいる。頬を膨らませもぐもぐと噛み砕いている。
 恐怖によるストレスが食欲を刺激したようだ。ピーナッツを口に含んだまま、くちゃ
くちゃと音を立てながら言った。
「二人の子供も、あっという間に継母べったりになって、父親を疎んじるようになったん
ですって。考えられる、そんなこと。愛情を注いできた子供達との絆が跡形もなく消えて
しまって、むしろ子供の視線が怖いって、翔ちゃんは漏らしていた」
「しかし、それだって、こう考えることも出来る。子供は自分を本当に愛してくれる人か
どうか本能的に分かるんだ。まして子供にとって母親の存在は大きい。父親との絆って言
うけど、そんなもの本人が考える程たいしたものではないんだ」
泉美は桜庭の言葉など聞いていない。
「そうそうこんなことも言っていたわ。奥さんは、例えばお皿洗いをさせようと思えば、
翔ちゃんを睨むんですって。その視線には決して逆らえないって。恐ろしい。本当に恐ろ
しいわ。そんな人間がいるなんて」
「つまり、中条は自殺するように仕向けられたってわけか」
「そうよ、そうとしか思えない。3億の保険証書を見つけて、問いただしたんですって。
そしたら、にっこり笑って、これであなたが死んでも大丈夫って言ったそうよ。自殺する
前、翔ちゃんの恐怖は頂点に達していたわ」
「中条は、狂っていたんじゃないのか。奥さんの、その言葉だって、
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