第一章 悪友
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秘書に声を掛けた。
「申し訳ないが、私はこれでお暇するよ。あんたも見ていただろう。私は彼に何もしてい
ない。奴が勝手に飛び降りたんだ。俺はこの事件とは何の関係もない、そうだろう」
秘書は顔面蒼白のまま頷いた。
エレベーターでロビーまで降りた。誰も異変に気付かず、何事もなかったように、笑い、
話し、或いは黙々として行き交う。ビルを出ると、遠くに人だかりが出来ている。血の海
に横たわった中条の姿を想像して鳥肌が立った。
桜庭はその方向に向けて合掌し、そそくさと歩き出した。後を振り返らず、足の裏のみ
に意識を集中し歩きに歩いた。頭の中は真っ白だった。何故、何故、その言葉だけが宙に
舞っている。何の答えもないまま、30分ほど歩き続けた。
ふと、中条の特異の性格を思い出していた。中条は極端に集中力のある人間だった。の
めり込むと回りが見えなくなってしまう。意識が一点に集中する様子は、見ていても分か
った。演劇にはそういう能力が必要なのかもしれない。
しかし、その才能は、プラスにも働くこともあるが、マイナス面もなきにしもあらずで、
総務部長になれたのは、その才能がプラスに働いたからかもしれないが、結局自殺したと
いうことはそのマイナスの面が一挙に吹き出した結果とも考えられる。
桜庭は中条の恐怖に慄く様子を思い出し、自らも震えた。中条は何に怯え、何に恐怖し
たのだ? 桜庭の突然の訪問が彼に異常をもたらしたのか。しかし、アポはフルネームで
取ったのだから、桜庭が来ることは分かっていたはずである。
それにしても、最初の一言が気になった。「お前は死んだはずだ。……」とは、どうい
う意味なのか。中条は誰かから桜庭が死んだと聞かされていた。それが生きていたと知っ
て、驚きのあまり気が狂ったのか。しかし、その程度のことが引き金になるとは思えない。
中条はそれ以上の何かに恐怖していた。まして自殺とはいえ何処か不自然さが伴う。あ
のギクシャクした動きは尋常ではない。まるで操り人形だ。中条を操る黒い影? 想像し
た途端、背筋に冷たいものが這い上がり、ぞぞっと体が震えた。
その夜、桜庭はぐでんぐでんに酔っ払って家に帰った。飲まずにはいられなかったのだ。
真夜中を過ぎており、泉美は寝ているはずだが、居間には人の気配がする。一瞬、恐怖に
かられたが、恐る恐るドアを開けると、泉美のでっぷりとした後姿が見えた。
桜庭はほっと胸を撫で下ろし、居間に入ると幾分おどけて「おす」と言って、女房の向
いに腰をおろした。
「水をくれ」
泉美は無言でソファから立ちあがった。桜庭は、その背中に声をかけた。
「今日、俺の大学時代の友人が自殺した。俺の目の前で」
泉美は振りかえり、大袈裟に驚いて見せた。
「本当、貴方の目の前で。そ
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