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弱者の足掻き
十二話 「蟲」
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て舟を漕ぎ出す。

「場所が悪いんだよ場所が。もう少し向こうなら居るって」
「おい、やめろって下手くそ。漕ぎ方全然違う。違う方行ってるぞアハハハハ」

 手本だと言わんばかりにナツオは立ち上がり持っていた櫂で漕ぐ。それに対抗するようにハリマも櫂を動かす。

「おい、お前らやめろって」

 止めるカジ少年の声も無視し、二人はチグハグに漕ぐ。
 思ったように動かず苛立つのだろう、見ている端からハリマの動きが雑になる。そして一際大きく、力ずくで櫂を動かす。
 波が立ち、舟が大きく揺れる。座っていた俺たちは平気だ。だが予期でないその揺れに立っていたナツオの体がぐらりと揺れる。バランスを崩し、水の方へと体が傾く。

「う、わっ!?」

 捕まるものを探すように伸ばされる手。動けたのは立っていたハリマだけ。咄嗟に動きその手を掴みナツオを舟へと引き戻す。
 
「わりぃ。大丈夫か」
「助かったよ。……あ」

 視線の先、櫂が二本とも水の上に浮いていた。今ので落としたのだろう。ナツオが手を伸ばして取ろうとするが、ヘタをすれば水に落ちそうで届かない。舟の揺れで生まれた波紋が、どんどん櫂を離していく。
 皆が何も出来ず無言で見ている先、離れていった櫂は静かに少しずつ水の底へと沈み、その姿を消していった。
 もう、あれでは取るのは不可能だろう。

「おい、どうすんだよ」
「知らないよ……」






 何も出来ず、ただいたずらに時間だけが流れた。何か都合のいい偶然でも起きないかと期待するように、何もせずただ座り時間だけが過ぎた。
 釣竿で軽く水を掻いてみたが、ただ小さな波が起きるだけで舟は動くわけもない。微かに吹く風は舟を動かすには足りず、結局のところ湖の中から動けないまま。

 山を覆っていた霧は地へと降り、湖面を漂い始めた。少しずつ、少しずつ視界から陸地を覆い隠していった。これでは誰かに気づいてもらうことも無理だろう。
 空は雲が覆ったまま明かりは無い。日が早くなる季節、既に僅かだが暗くなり始めている。霧が覆っていることもある。空気は肌寒さを増し、静かに吐いた息は一瞬白く霞む。

 見えない、というのは酷く不安を誘う。聞こえてくるのは自らの置かれた現状を絶えず教える波の音だけ。触れる空気は寒い。
 世界に取り残されたかのような、切り捨てられたような錯覚。

 何も見えない水の上、不安定な舟だけが一隻残されている。白一面の世界に囲まれ、まるで異世界に紛れ込んだかの如く。空さえも、霞でロクに見えない。
 落ち着け、という方が無理なのだろう。誰も彼も……正確には俺と白以外は皆、沈痛な表情を顔に浮かべ、自分の体を抱くように小さくなって座っている。
 
 俺の隣、少女とは逆側に座っている白が静かに近
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