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弱者の足掻き
十二話 「蟲」
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な大きさの舟だ。
 一人一人慎重に乗っていく。俺と白が乗り最後……いや、まだ一人。あの大人しい少女が、桟橋に残っている。

「どうした?」
「ちょっと怖くて。えへへ……」

 困ったように少女は笑う。確かに不安定な小舟だ。桟橋と僅かだが距離もある。恐怖心もあるだろう。
 俺は身を乗り出し手を伸ばす。少女は少し驚いた顔をして、すぐに手を伸ばしてきた。小さく、柔らかな手。強く握り返してくるその手を引き、少女の足が宙に浮き舟へと乗り込み俺の横に座る。
 楽しげに櫂を握り、親の見様見真似だと水を掻き始めたナツオの手で船が動く。

 速さと正確性を重視しなければ動かすこと自体はそう難しい話ではない。水を掻く面によって生まれた推進力で進むだけの簡単な原理。ゆっくりと、不格好にだが舟は進む。向かう場所があるわけでもない。自然と湖の中心へと船は進んだ。
 下が見通せた浅瀬と違い、既に水は底を隠していた。見下ろしたそこには暗いだけの、どこまでも沈みそうな水面があった。覗き込んだそこには映る自分の顔があるだけだ。
 
 真ん中辺りまで来て何を言うでもなく、自然と舟は動きを止めた。幾本か用意されていた釣竿を出し、針に餌を付けて水面に垂らし始める。全員分があるわけではなかった。特に気が向かなかったこともある。俺はただボウっと、釣り糸を垂らす友人たちと、視界に映る緑。そして何も見とおせない水面を見ていた。
 
 静かな時間。ゆらゆらと、水面で蓮の葉が揺れる。
 何かをしなければならないわけでもない。酔いやすい船の上だというのに、酷く落ち着く。
 涼しい空気が、不確かな船の上、周りに何もない孤立した空間が、何も考えないでいい時間が楽だった。
 見える霞が、山を隠す霧が、見えるすべてを多い自分を隔離してくれるように感じた。

 時折、カジ少年の視線がこちらを向いていた。そこに怒りの色は感じ取れない。どこか心配しているのを感じさせる。きっと、この時間は俺の為に用意してくれたのだろうと分かる。あれだけ言ったのに、それでも気にかけてくれる。けれど返せるものがなく、俺は一度も視線を返さない。
 見下ろした視界の中、隣に座る少女のすぐそばに虫がいた。餌に使っている小さな虫だ。気づかれぬようにそれを摘み、虫を握りつぶす。どうしたのだと笑いかける少女に何でもないと返し、自らの顔を移す水面に手を入れて歪ませそれを洗った。

 暫く経った後、最初に声を出したのはハリマだった。
 仕掛けを水から揚げ、何もついていないそれを不満げに見て口を開く。

「釣れねー。そもそもここ何かいるの?」
「前来た時は釣れてたよ。お前が下手なだけじゃないの」

 売り言葉に買い言葉。軽いいつものからかい。笑うナツオにハリマは苛立ちを隠せないようで、もう一本あった櫂を握っ
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