後編
戯画(カリカチュア)
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んど見られることがなくなっていた。ただ、上流貴族の間では、やはり血統を重んじる傾向が強く、貴族制度が解体された現体制においても、人々の心に強く残っているものである。
「父はよく、母を罵っていた。貴族令嬢であるにもかかわらず、病弱な遺伝子を持つ母を」
フェルナーはひたすら聞いた。オーベルシュタインは、先天的な盲目であること、そしてその両目は義眼であること。その2点については自ら語ることが多かったが、両親の話を流言の類を含めたとしても聞いたことはなかったからである。
「病弱な母に似て生を受けたこの私を、父はこう罵った。悪しき遺伝子の子、と」
ショットグラスはとおに空になっており、二人の手元には新しいグラスがあった。
「生まれながらに盲目だった私を、安楽死させようという父の意向を、思いとどまらせたのは、ラーベナルトだった、と聞いている。罵る父の手から、私をかばったのは、マルガレーテだった」
オーベルシュタインは表情を変えない。フェルナーもまた、表情を変えなかった。しかし直感的に思った。今の彼からは到底想像しえないが、流してきた涙の量は少なくないだろうと。しかしそんなことを弱みの一つにもしないこの男は、その永遠に消せない烙印を背負ったままでも、充分に強く、刃こぼれのない精神を持っている。オーベルシュタインが彼の満足いくまで話し終えると、フェルナーも話し出した。彼の両親や兄弟、幼いころの失態などを。秘密は共有することによって、より保持力を強めるものである。
「酒の席でのたわごとです。忘れて下さいね、閣下」
「そうしよう」
「私も、閣下の『パウル坊ちゃま』は忘れますので」
「……賢明な判断だ」
ずいぶんと呑んで、もう陽が傾きかけた頃、二人はグラスを置いて店を後にした。軍務尚書行きつけの店は、この後、フェルナー行きつけの店にもなったのである。
(Ende)
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