後編
戯画(カリカチュア)
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」と呼ぶ。それがふさわしいと、知っているのだ。
「どうぞ」
二人の前に、ジントニックとささやかなカナッペが置かれた。貴族らしくない、高級将校らしくもない、安価な酒だった。
「これが、閣下の『いつもの』なんですか」
フェルナーは爽やかな口当たりの酒を一気に半分まで飲むと、控えめに問いかけた。
「ここでは、な。自宅ではワインがほとんどだ」
確かにあの執事の手から、ジントニックが出てくるとは思えない。フェルナーは慣れた調子でカナッペをつまみ、その店の味を確かめた。良いチーズを使っている。カマンベールとパルメザンが使用されていたが、なかなかに味わい深かった。マスターはアヒル料理のために奥へ引っ込んでいたので、フェルナーの感想は誰にも伝えられることはなかった。上官の手元を見ると、ジントニックは既に三分の一ほどに減っていた。何事も語られぬ、沈黙の時間が過ぎた。フェルナーが2杯目を注文しようと厨房の方へ目をやると、マスターが大きな皿を手に戻ってきた。
「良質な素材には単純な調理法で」
そう言って出されたのは、アヒルの丸焼きにジャガイモボール、紫キャベツの煮込みだった。オーベルシュタインはその義眼で色彩的にもバランスの良いその料理を確認すると、うん、と小さく頷いた。実際に口に出したのは、「いつもの2杯目を」であったが。
肉料理をつつきながら飲んだのは、キルシュヴァッサーであった。これはサクランボを種ごと潰して発酵させ、約6週間寝かせた後に蒸留した、無色透明の飲み物である。古来から愛飲されており、カクテルの材料として使われることも多い。
「マルガレーテはな……」
アルコール度数の強い酒用のショットグラスを軽く傾けながら、オーベルシュタインは口を開いた。
「私の母は生まれつき病弱で、マルガレーテは私の乳母のようなものだった」
上官の、いや、「私人」オーベルシュタインの口から紡ぎだされる言葉を、フェルナーはゆっくりと聞き取った。
「父は血統を何より重んじ、遺伝子を崇拝する男だった。ルドルフの作った劣悪遺伝子排除法を盲信する貴族の一人だった」
銀河帝国の始祖ルドルフ大帝は、弱体化し、腐敗した共和政体銀河連邦の、若き有力な政治家として人々の前に現れた。疲れ切った民衆は才能溢れる若き英雄に全てを託し、結果としてルドルフの権力増大と自己神格化が進んだ。その象徴たるものが、劣悪遺伝子排除法である。国家経済に何ら寄与しない障害者や老人を「弱者」とし、弱者が一定数以上存在する国家は、国家そのものが弱体化するという理屈を用いて、不必要な弱者救済を廃止した。そして先天的弱者はその存在を許されず、安楽死させるというのが、その法律の基幹である。無論、この法律は旧体制下においてもほぼ空文化されており、新体制になってようやく破棄されたとは言え、「弱者」=「安楽死」の図式はほと
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