前編
戯画(カリカチュア)
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言い捨てて、オーベルシュタインは朝食を続けた。若い男性の一人暮らしにしては、部屋が清潔に保たれているとか、観葉植物を置いているとは意外だとか、軍務尚書はその義眼で彼の若い部下の生活ぶりを観察しては、ぽつりぽつりと感想を述べた。その口ぶりと表情は、いつもの冷徹無比な様子と変わらなかったが、いつになく饒舌で心もちリラックスした姿勢を見るにつけ、フェルナーは今日一日の休暇の重要さを感じた。
「さて、もう1時間もすれば肉屋も開きますよ。そろそろ出発するとしましょう、閣下」
フェルナーがファーストフードの紙くずを屑かごに放り込みながら言うと、オーベルシュタインも立ち上がって、コーヒーカップを持ち上げキッチンへ向かった。
「か、閣下。そんなことは小官が!……あっそ、そこへ置いておいて下さい。後で洗いますから!」
オーベルシュタインは自分自身、部下へも同僚へも、そして上官である皇帝ラインハルトに対しても、辛辣で容赦ないことを自覚している。その彼に対し、可能な限り先端を丸めた針でつつくということを、これまた容赦なく日常とするフェルナーが、大声を上げて慌てている様子は、彼にとってなかなか滑稽で痛快であった。彼は笑みがこぼれるのを押さえながら、
「構わぬ。お茶やコーヒーはすぐに洗わぬとカップに色が残るし、この程度の手間を惜しむようでは、軍務省の仕事など到底務まらぬ」
と、手早く二人分のカップを洗い、水切り籠に置いてしまった。ポケットから取り出したハンカチでさっと手を拭くと、日頃動揺の色など見せない部下の唖然とした顔を見やって、玄関へと促した。
「行くとしようか。表に、私の乗ってきた地上車が置いてある」
その肉屋は、評判にたがわず開店前から数人の客が並んでいた。
「ほお、これは期待できそうだな」
二人は地上車を近くのパーキングに入れると、列の最後尾に並んだ。本来ならばオーベルシュタインほどの国の重鎮。建国の元勲と言って良い人物である。正体を明かせば列の最前列に入れることはおろか、オープン前の店をも開けてしまうであろう。しかしフェルナーには良く分かっていた。彼はそういった特権を振りかざすを是とはしない。というより、新帝国の重鎮たちは皆、そのような悪しき旧帝国貴族の権力体制をこそ憎んでいるのである。かくして、帝国元帥が開店前の肉屋に並ぶという、珍妙な光景が誕生した。彼の地位職責を知る者が通りかかれば、飼い犬一つでも噂になる彼であるから、たちまち巷間の流言に乗せられ、首都全域に広まることであろう。
彼らが並び始めて30分もしたころ、ようやくお目当ての肉屋はシャッターを開けた。メインの鶏肉以外にも、牛、豚、羊など、肉屋らしい商品が並ぶ。数分して彼らの番が訪れ、オーベルシュタインは鶏もも肉を2kgとむね肉を1kg注文した。
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