前編
戯画(カリカチュア)
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定評のある冷たい口調で「無用だ」と言い捨てると、執務室へと消えていった。
「それで……」
フェルナー准将は、突然の来客に目を覚ます形となった。来客と言うより、奇襲だ。
「か、閣下!」
午前5時半。休日には早すぎる上官の襲撃に、フェルナーはTシャツ姿のままインターホンに応じていた。
「なんだ、まだ寝ていたのか。『明日は早くから並びますよ』と、卿は言っていなかったか」
「確かに申し上げましたが……とにかく、少しお待ち下さい」
フェルナーは慌てて寝室へ駆け込むと、用意してあった私服に着替え、玄関のドアを開けた。8月も下旬、ようやく省内の職務も落ち着いてきたところで、結果的にフェルナーの誘いに乗る形となって、軍務尚書オーベルシュタインは一日だけ休暇を取った。今日一日は、グスマン少将が悲鳴を上げながら軍務省内を駆け回ることになるであろう。
「それで、とっておきの肉屋とやらは、どこにあるのだ、フェルナー」
オーベルシュタインは派手すぎないシャツにスラックスという姿で、部下の官舎へ訪れた。フェルナーは上官に休暇を取らせるために、少なからず苦心した。その口説き文句が、「とっておきの肉屋があるんです。帝都では珍しい、養鶏場を持っている肉屋で、そこの鶏肉はすごくうまいんですよ。閣下のご愛犬にいかがですか?」だったのである。軍務尚書がまだ総参謀長だった頃、元帥府の前で犬を拾ったという話は有名で、その犬が、柔らかく煮た鶏肉しか食さないというのも、諸提督間だけでなく部下たちにまで知れ渡っていたのだった。
「閣下、さすがにまだ、店は開いていませんよ」
フェルナーが欠伸を堪えてそう言うと、オーベルシュタインはフッと笑みを浮かべた。
「そうであろうな」
畜生。フェルナーは独りごちた。本当はフェルナー自身が、軍務尚書の寝こみを襲おうと思っていたのだ。そのために、彼の休日の起床時間まで調べ上げていたのに、どうやら、完全に読まれていたようだ。仕方ない。どうあれ上官に休みを取らせることには成功したのだから、こんな誤算などいくらあっても良い。
「とにかく今から出ても仕方ありません。うまいコーヒーを淹れますよ。豆にはこだわっている方なので、閣下のお口にも合うと思いますが」
「……いただこう。代わりと言っては何だが、朝食を買ってきた」
隠すように後ろ手に持っていたファーストフードの袋を、オーベルシュタインは掲げて見せた。
「閣下が、これを……?」
「無論だ。何を驚く?」
「いえ……確認したまでです」
この上官のことだ。おそらく友も連れず、単身でファーストフード店へ寄ったに違いない。軍服を脱いだ軍務尚書は、人目を引くような非凡な容姿ではないから、帝国の一臣民になり得るだろう。ともあれオーベルシュタインをリビングへ招じ入れ、フェルナーは挽きたてのコーヒーに湯
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