第九話 Misatos
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ヨウジは思わずその名で呼んでしまった。彼女の耳に聞こえるようにはっきりとした声。
呼ばれたサトミは缶を置き、タンクトップで口元を拭いた。ムッとした口調で言い返す。
「その名前、私はもう捨てたわよ。今はただの藤城サトミ。あんたも加持リョウジでは無く、ヨウジ・カヤマ」
ヨウジはそれを聞いて悲しそうな表情に変わる。しかしサトミは、相変わらず彼に背を向けて続ける。
「最近、前の世界の苦しい記憶ばかり思い出すのよ…。
自分たちが生き残るために必死で…
子供たちの事なんか正直どうでもよくて…
守りたいものを守ろうとした人間を犯罪者扱いして…。
あんなに嫌いだった父親の様に、他人を守れなかった…。
そしてその苦痛の先に在ったのは…あの赤い世界。絶望に満ちた人生…」
「葛城…」
ヨウジ、前世「加持リョウジ」の脳裏にあの記憶がよみがえる。一面の赤い大地。建物で見る事の出来なかった地平線が良く見え、動物が存在しない死の大地…。
彼も忘れたかった…でも…
「もう忘れたい! 解放されたい!! あんな世界なんて…もう消してしまいたい!!」
前世ではクールだった彼女は、うって変わって泣き叫んだ。自分の為に愛する人を傷つけ、世界の為にまた愛する人を傷つけた。その苦痛を忘れる術もなかった。
しかしそんな彼女に、ヨウジは怒鳴った。
「葛城!! 俺だって前世を思い出すのは辛いんだ!! だから過去の事を感じて感傷に浸るのは構わない、しかし、俺らにはやるべき事があるんだ! 過去を捨てるなんて、絶対にするな!!」
サトミが涙を湛えた眼で、ハッとした表情をして振り返った。彼女が見たのは、怒鳴って呼吸を荒くしたパートナーの姿。歯を食いしばり、彼女と同様に苦痛に耐えている姿だ。
サトミはそこで改めて気づいた。自分たちに課された、いや自分達で課した使命を。
この世界には、同じレールを進ませない──。
それを転生したミサトと加持は、この世界で初めて出会った時に決めた。
「そうだった…私、忘れかけてた…」
ヨウジはホッと息を一つ吐くと、残ったもう一つの缶に手をかける。
「ところで藤城、なんで今回俺を部屋に呼んだんだ?」
さっきまで情けない表情をしていたサトミは、その表情を一気に引き締める。その表情はヴンダー艦長時代と酷似していた。
「あんたは知ってたかしら…4号機の事故の件…」
ヨウジも、真剣になった。
葛城ミサトの執務室は、書類で溢れかえっていた。先の対第五の使徒戦で損害した家財の賠償請求の書類である。その額合計で何億円。
彼女はその全ての書類に目を通し
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