第五章
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「それでもね」
「この不安に気付いていたのかしら」
「苦しみもね」
「それはどうなのかしら」
「知っていたかも知れないね」
ルードヴィヒ二世もヒトラーも暗愚ではなかった、むしろかなりの知性を持っていたと言っていい。その彼等がだというのだ。
「あの人達もね」
「そうよね」
「けれどね」
それでもだというのだ。
「君は今実際だから」
「エルザで」
「そしてあの人はローエングリンだから」
その作品の中にいるからだというのだ。
「実際にね。そこは違うね」
「そうなるわね」
「エルザそのものだと」
舞台、作品の世界の中に入っている、それならばだというのだ。
「不安を感じるね」
「私がエルザになっているから」
「そう、エルザならその不安と常に共にいなければならないんだね」
「ローエングリンが苦しみと一緒にいることと同じで」
「そうなるんだと思うよ」
マネージャーはポップに話す。
「作品の中にいるから」
「そういうことね、それじゃあね」
ポップはマネージャーと話しているうちに顔を上げた、そしてだった。
ポップもイエルザレムもさらに舞台に打ち込んでいった、その中で。
イエルザレムはポップと共に食事も摂る様になった、そこで彼はメインディッシュの羊のステーキを食べながら言った。
「ローエングリンは悲しい結末だね」
「ええ、それはね」
「そうした作品だね、けれどね」
「ハッピーエンドにするという考えや意見もあったのね」
「ワーグナーも友人達に言われて迷ったらしいけれど」
「それでも最後はあの結末に決めたらしいわね」
「若しハッピーエンドなら」
イエルザレムは羊のステーキをフォークとナイフで切りながらポップに話す。
「二人共苦しんだり不安になったりしてもね」
「救われたわよね」
「そうなったね、結末がよければ」
それならばだというのだ、白い店のシャングリラや壁のキャンドルを模した灯りから出る黄金の光の中で。
「そうなったね。けれど」
「不思議ね、あの結末でなければ」
「ローエングリンでない気もするね」
「それはどうしてかしら」
「ロマンかな」
ワーグナーはロマン派に属する音楽家だ、そしてローエングリンはロマン派の作品の代表の一つとさrている。
そのロマン、それがだというのだ。
「不安と苦しみもまたね」
「ロマンを形成するものだからなのね」
「だからかな。ハッピーエンドのローエングリンもよさそうだけれど」
「今の私達のいるローエングリンは」
「うん、悲しい結末であるべきなのかもね」
こう言うのだった。
「僕達のいるローエングリンの世界はね」
「私達のいるローエングリンの世界は」
「もうすぐ本番がはじまるよ」
衣装を着てのリハーサルに入っている、
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